独白 愉快な“病人”たち

始まりはK-1時代 角田信朗さんは過食症に10年悩んだ

現在はボデイービルダーとして活躍(C)日刊ゲンダイ

 サラリーマンの経験を生かし、考え得る限りの書類を持参してワープロを使って英文で作り、現地の大使館に提出するのですが、何度提出してもどうしてもダメ。現地から館長に電話をしても本人は電話に出ず、伝言で「なんとしても選手を連れてこい」のひと言で電話を切られるんです。

 知恵を絞り尽くして、最後にはその選手が所属する陸軍にも一筆もらって「これでもビザが下りないなら辞職しかない」と思い詰めたほど。結果的に「今回は特別」ということでビザが発行されたときは「ヤッター!」という思いで泣きました。

 そのテンションで館長に電話すると、びっくりするほど冷静に「角ちゃん、やればできるやん。ご苦労さん」の一言で終わり。またまた「くそーっ!」と思いました(笑い)。

 まあ、いろいろありました。でも“やればできた”わけで、いい経験だったと今は思いますが、当時は数限りない理不尽な注文にひたすら耐えていたので、そのはけ口が必要だったんです。

3 / 5 ページ