Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【武邦彦さんのケース】たばことは関係のない肺がんか

武邦彦さん
武邦彦さん(C)日刊ゲンダイ

 競馬ファンは、ショックだったでしょう。「ターフの魔術師」と呼ばれた、昭和の名ジョッキー・武邦彦さん(享年77)が肺がんで帰らぬ人となったことです。

 一般の方は肺がんについて“喫煙者のがん”とイメージするかもしれません。確かに国内の研究で、たばこを吸う男性は吸わない男性に比べて4.8倍、女性だと3.9倍肺がんになりやすいという報告があります。欧米の研究では、20倍以上です。

 たばこが肺がんのリスクであることは間違いありませんが、日本ではそうではない可能性が少なくありません。肺がん発生原因がたばこの男性は69%で、女性は20%。男性の約3割、女性の8割はたばこが原因ではないのです。競馬担当記者によれば、武さんも「たばこを吸う印象はない」とのこと。たばこを吸わない人も、人ごとではありません。

 実は毎年7万人ほどの命を奪う肺がんのうち、「肺腺がん」は4分の1を占め、たばこを吸わない人や女性に多いことが分かっているのです。なぜかというと、EGFRという遺伝子の変異が原因のひとつで、その頻度は欧米人の10%に対し、日本人は50%。変異の頻度の高さが、たばこと関係ない肺腺がんを増やしているのです。

 だからといって肺がんを恐れることはありません。ステージ1で見つかれば、治癒率は肺がん全体で8割、肺腺がんだと9割近いのです。ステージ2で5割を下回りますから、早期発見の大切さが分かるでしょう。

 早期発見できれば、手術も放射線も治療成績はほぼ同じ。手術なら、胸腔鏡という内視鏡で胸を開くことなく治療できる可能性が高い。最近は定位放射線といって、呼吸に伴う微妙な動きも追尾してがんにピンポイント照射する方法が普及していて、外来で4日通院するだけで済みます。胸腔鏡手術より一層体への負担が軽い。

 注意したいのは、早期の肺がんだと、咳や息苦しさなどの症状がないこと。症状を頼りにすることができないので、早期発見するには検診が不可欠です。

 肺がん検診はX線検査と喀痰細胞診が基本。喀痰細胞診は痰のがん細胞の有無を調べる検査で、喫煙指数(1日の平均喫煙本数×喫煙年数)が600以上、6カ月以内に血痰があった人など、高リスクの人が対象。しかし、大企業が加入する健保組合でも、喀痰細胞診を行うのは2割ほど。ヘビースモーカーは早期発見のためCT検査を受けるのもよいでしょう。

 国立がん研究センターは先日、肺腺がんのリスクとなる遺伝子の変異について6つのパターンを特定。ある人が1つのパターンを持つごとに肺腺がんになるリスクが1.2倍から1.4倍に増え、数が増えるほどリスクが増すことを突き止めました。

 今後、遺伝子検査で肺腺がんになりやすい人が早期発見できれば、治る可能性が高まるとみられています。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大医学部医学科卒業。同院緩和ケア診療部長を兼務。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。