独白 愉快な“病人”たち

松枝茂房さん 週1回の加圧トレーニングで叶えたプロ復帰

プロボウラーの松枝茂房さん
プロボウラーの松枝茂房さん(C)日刊ゲンダイ
プロボウラー64歳<突発性左大腿骨頭壊死>

 特発性左大腿骨頭壊死と診断されたとき、医師からは「プロボウラーを続けるのは無理でしょう」と言われました。でも、3年後に「トーナメント出場順位決定戦」で復帰。64歳の今もプロインストラクターとしてボウリングを続けています。

 病気の始まりは今から20年前のことです。トーナメントで九州遠征に行った日の宿泊先で、突然左脚の股関節が痛くなったんです。どこかにぶつけた覚えもないし、転んだわけでもない。でも、少し脚を上げるだけで痛みが走り、歩くのがやっと。これはただごとじゃないと思いました。

 トーナメントを欠場して東京に戻り、すぐに大学病院へ行った結果、特発性の左大腿骨頭壊死だと分かりました。この病気は、大腿骨頭への血流が低下して骨頭の組織の一部が死んでしまう原因不明の病気で、難病に指定されています。負荷がかかることによって骨頭が潰れてしまうので、股関節を動かすたびに痛みが走ります。私の場合、ボウリングの軸足である左脚にそれが起こったわけです。競技はおろか、寝返りを打つこともままならない状態になり、目の前が真っ暗になりました。

 診断されたその日から松葉づえを突く生活が始まり、医師からは筋肉を付けるよう言われました。筋肉が付くと股関節の骨と骨の間が広がり、骨同士がこすれることがないので痛みは起きない。痛みさえ抑えられれば日常生活は取り戻せるとのことで、病院に通ってリハビリを開始しました。

 もちろん、ボウリングを諦める気持ちはありませんでした。目標はあくまでもプロ復帰です。ところが、3~4カ月後に自転車で出かけて転んでしまい、壊死のある骨頭が陥没骨折してしまったんです。さすがに“これはもう復帰はダメかな”と思いました(笑い)。

 医師からは手術を勧められました。骨頭を内側に倒す内反骨切り術や人工骨頭置換術など、いろいろ説明されましたが、手術で取り戻せるのは日常生活が送れる程度まで。1日15ゲームを3日間投げ続けるハードなプロ競技に耐えられる脚には戻らず、股関節の可動域も狭くなってしまうと知り、手術はせずに筋力トレーニングでなんとかしようと決意しました。

■手術でなく加圧トレーニングでの治療を決意

 そこからが“奇跡”の始まりです。大腿骨頭陥没骨折から1年が経ち、リハビリで日常生活は送れていたものの、まだボウリングをするまでには程遠い頃、たまたま見ていたケーブルテレビで、加圧トレーニングが紹介されていたんです。今でこそ、加圧トレーニングを取り入れているスポーツジムはあちこちにありますが、当時はまったく未知のトレーニング方法です。でも、短時間で効率よく筋肉が付けられるということに引かれたことと、その加圧トレーニングの発明者の指導が直接受けられる本部が、家から自転車で通える場所だったことで、“行くしかない”と即決しました。

 加圧トレーニングは、腕や脚の付け根を加圧ベルト(正式には筋力アップクン)で締めて、血流を制限した状態で運動をする筋力トレーニング法です。軽い負荷で通常のトレーニングよりも効果的に筋肉を増やせる一方で、個々の筋肉量や血圧などに合わせた加圧でないと、血管に重大なダメージを与えてしまう可能性もある。そのため、指導者なしでは決して行ってはいけないギリギリのトレーニングなのです。

 加圧は週1回、30分だけ。歩行から始まり、太ももの筋肉を鍛えるレッグエクステンションやレッグカール、スクワットなど、徐々に負荷を増やしていくのですが、1回終わるたびに従来の脚の感覚が戻ってくるのが分かりました。2カ月後には左太ももの周囲が2センチアップ。逆に右脚の脂肪が落ちて左右差が改善され始めました。

 この週1回30分の加圧トレーニングを一度も欠かさず2年ほど続けた結果、左太ももは59センチまで太くなり、プロ復帰がかなったのです。ただ、料金は通常のトレーニングより高めです。幸い、当時からボウリングのプロショップを持っていたので収入は確保できていましたが……。

 加圧トレーニングは今も続けていて、痛みはありません。でも、病院では“いずれ外科的手術が必要”と診断されています。

 ボールを投げてピンを倒す、その単純でごまかしがきかないところがボウリングの魅力で、ピンを倒す音がいまだに好き(笑い)。治すための努力ができて本当によかったと思っています。

▽まつえだ・しげふさ 1952年、東京都生まれ。10歳からボウリングを始め、23歳でボウリング場に入社。29歳でプロ入りし、数々のトーナメントで上位の戦績を残す。日本プロボウリング協会で最も難易度の高いA級インストラクター資格を持ち、現在はフリーで個人指導などを行っている。