5年で4000例 腹水を“抜けば弱る”の常識を覆す最新治療法

「要町病院」松﨑圭祐・腹水治療センター長
「要町病院」松﨑圭祐・腹水治療センター長(C)日刊ゲンダイ

 臨床現場での豊富な治療経験とちょっとしたアイデアから、画期的な新治療法が生まれることがある。例えば、がん患者らが苦しむ難治性の腹水治療だ。大病院や研究機関でないと最新治療はできないとの先入観はなくすべきだ。

 末期のがんや肝硬変などの患者を苦しめる原因のひとつが腹水だ。

 血管やリンパ管などからにじみ出した体液のことで、お腹の中にたまってお腹をパンパンに膨らませ、胃や肺などを圧迫する。その結果、腹部膨満感や食欲不振、呼吸困難などを招く。

 ところが「腹水は抜けば体が弱る」との「医学の常識」が壁となって治療が進まず、多数の腹水難民を生んでいるという。

「特に水分や塩分の制限やおしっこを促す利尿剤でも改善しない難治性腹水は、“治療法がない”“抜けば一気に弱る”と医師側が敬遠し、事実上ほったらかしです」

 こう言うのは「要町病院」(東京・池袋)の松﨑圭祐・腹水治療センター長だ。

 腹水治療はお腹に針を刺して腹水を抜く「腹水ドレナージ」が第一選択だが、抜き過ぎると危ないからと1回につき3リットル前後に制限されている。10リットル以上もたまってくる大量の腹水患者には、根本解決にならない。

「理由は、腹水にはがん細胞だけでなく、免疫に関わるグロブリンやアルブミンという体に有用なタンパク質が含まれているからです。腹水を抜けば、こうした貴重な栄養や免疫物質まで捨てることになり、急速に体力が低下するのです。さらには、腹水がたまりやすくなるという悪循環に陥ります」(都内の消化器専門医)

■末期卵巣がんの診断からの生還例も

 しかし、松﨑センター長が生み出した「KM-CART法」(改良型腹水濾過濃縮再静注法)なら、大量の腹水を抜いても迅速に全量濾過が可能となり、必要な成分を体内に戻すことで、患者は元気になるという。

「大量の腹水で他の医療機関から治療拒否された40代の卵巣がん4期の女性は、24.6リットルの腹水を抜いた上で、KM-CART法を行い、好結果を得ています。翌日には腹部膨満感や手足のむくみが取れ、2日後には退院。3年経った今も健在です」(松﨑氏)

 同センターは今年8月までの5年足らずで4000例を達成し、1回につき平均で6.5リットル、最大27リットルの腹水を抜いたという。通常は2泊3日で治療されている。

 そもそもCART法は、1981年に難治性腹水の治療法として保険承認された。

「濾過膜により、腹水からがん細胞や細菌などを取り除き、アルブミンとグロブリンの濃縮液を作って、患者の静脈内に戻す画期的な方法でした。しかし、①がん性腹水には細胞や粘液成分が多いため、1~2リットルで濾過膜が詰まって大量の腹水が処理できない②高い圧をかけて無理やり濾過するため、炎症物質が産出され、体内に戻すと高熱が出る、などの欠点があり、がん治療の現場から消えてしまいました」(松﨑氏)

 松﨑センター長は、心臓外科医時代の体外循環、濾過膜研究の経験を生かして、腹水を濾過膜の内から外へ押し出す方式から、外から内に吸引する方式に改める一方で、内から生理食塩水を勢いよく注入して濾過膜を洗浄する工夫を施した。

 その結果、炎症物質の産出が減り、処理時間も1リットル30分が9分に短縮され、発熱などの副作用も少なく、1回で20リットル以上まで安全に処理できるようになったという。

「国立がん研究センターやがん研有明病院から患者さんを紹介されるほど、安定した成績を挙げています。ただ、多くの医療関係者はまだまだ“CARTは危ない、効果がない”との思い込みがあり、患者さんに最新の治療法情報が届かないのは非常に残念です」(松﨑氏)

 患者は企業や大病院の「大きな声」ばかり聞くのではなく、自ら情報を求める努力が必要だ。

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