Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

子宮頸がんのワクチン問題 男も女も接種すれば撲滅できる

「子宮頚がんは近い将来、撲滅されるだろう」

 がん治療に携わる医師が世界から集まる「米国臨床腫瘍学会2016」で6月3日に語られた言葉です。子宮頚がんを引き起こすのはHPVと呼ばれるウイルスで、セックスで感染しますが、ワクチン接種で感染を予防すれば、がん発症を食い止めることができる。そんな意味です。

 ところが、日本は世界の流れと逆行しています。3年前、ワクチン接種後に痛みや失神、歩行障害などを起こす事例が認められ、その余波で接種する人がほとんどいなくなり、今年の7月27日、国と製薬会社が提訴される事態になりました。

 裁判の行方は見守るしかありませんが、妻や娘が子宮頚がんになるリスクにさらされているとしたら、家族を守る夫や父の気持ちはいかがでしょうか。HPVはセックスで媒介されるだけに、感染源は夫やパートナーかもしれません。今回は、HPVワクチン問題を簡単に解説しましょう。

 ワクチンの販売開始から平成26年3月までに接種したのは約388万人で、接種回数は約890万回。そのうち有害事象として報告されたのは176件。10万接種に2件の割合です。「有害」と書きましたが、今のところワクチンと症状の因果関係は認められていません。こういう調査では、接種した人に生じた症状をすべて「有害事象」としてリストアップし、その後解析するのです。

 では、ワクチンの効果はどうか。騒動でワクチン接種の積極的勧奨は中止されましたが、その後継続されたとすると、接種者は約170万人。HPVにはいくつかの型があり、ワクチンがカバーするのは全体の7割ほどで、ワクチン接種で回避できる死亡は約6000人と推計できます。子宮頚がんは毎年1万人が発症し、3000人が命を落とす病気です。

 冒頭の言葉で「撲滅」とありましたが、ワクチンのカバー率が7割ですから、現状はすべてではありません。それでも、リスクとベネフィットをてんびんにかければ、ワクチンの効果は極めて高いといえるでしょう。

 WHOも安全性と有効性を認め、定期接種として接種を推奨。接種が停滞する日本に警告しています。HPVウイルスはセックスで媒介され、男性が感染すると尖圭コンジローマや陰茎がんなどの発症リスクになり、海外では男性の接種が推奨される国もあるほどで、男女とも接種してHPVを一網打尽にするのが世界の最先端です。

 実は、百日咳ワクチンも、HPVワクチンと同じような流れを踏みました。ワクチン接種後に2人の子供が亡くなったことから、接種が中止に。ワクチン効果で1万人からゼロになった死者が、中止後の3年間で113人に増えました。その後の調査で、2人の死因は遺伝性のてんかんと判明しています。

 このことからも分かるように、ワクチンを巡る問題は、冷静な対応が必要です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。