数字が語る医療の真実

末期がんの治療の「平均的効果」と「個別効果」

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 これまで取り上げてきた末期のがん患者に対する治療の効果についてまとめてみると、以下のようになります。

●年間の薬剤費が数千万円に達するような抗がん剤は、末期のがん患者の生存期間を平均3カ月くらい延長する効果がある。

●200人に数人は、がんが治ってしまう可能性もある。

●早期の緩和ケア導入は、生活レベルを改善するばかりでなく、寿命を縮めるというよりむしろ延長するかもしれない。

●終末期の酸素投与は、チューブにつながれる不都合を上回るような効果を期待することは困難かもしれない。

●終末期の点滴も効果がはっきりしないばかりか、浮腫や腹水を増やすだけかもしれない。

●副作用の点でしばしば敬遠されるモルヒネやステロイドホルモンは、副作用に注意すれば害を上回る効果が期待できる場合が多い。

 こうした現状を考慮すると、末期がんにお勧めできるのは、まず副作用に注意しながらモルヒネ、ステロイドの投与です。その場のつらい症状をコントロールすることで、抗がん剤や点滴や酸素は状況に応じて個別に考慮する――というところです。

 ただ、これはあくまでも一般的な話です。個別の状況では、モルヒネの副作用である便秘、嘔吐、呼吸抑制でひどい目に遭ったり、ステロイドホルモンで胃潰瘍や糖尿病が悪化して困ったり、逆に酸素や点滴で楽になったり、抗がん剤で転移も含めてがんが消えてしまったりということもあるわけです。

 つまり、個別の患者で何が起こるかは、治療を開始する前には分からないのです。ここが臨床の難しいところですが、あくまでデータとして示されるのは、研究に参加した人における平均値にすぎません。個別の患者にすべて当てはまるどころか、「大部分は当てはまらない」ということは、最後にもう一度強調しておきたいと思います。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。