放置でうつ症状も…老人の貧血には怖い病気が隠れている

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 立ちくらみや目まいがして突然倒れてしまう――。貧血は若い女性の病気と思われがちだが、実は高齢者の10人に1人は貧血状態にある。貧血には心臓病やがんが潜み、放置するとうつ症状、嚥下障害などになりやすいというから恐ろしい。

 田中勝昭さん(83歳、仮名)は今月3日に風呂場の脱衣室で息苦しくなり、救急搬送された。高血圧による心不全だった。

「お医者さんからは『高血圧で心臓に負担がかかり、心臓の筋肉や血管壁が厚く硬くなって伸縮性・柔軟性が失われた。その結果、ポンプとしての機能が低下して心臓が虚血状態になった』と説明されました。以前から足がむくむ、おしっこの量が減った、疲れやすく体が冷える、息切れがするとこぼしていたので、病院で診てもらえ、と言っていたのですが……」

 こう言って唇を噛むのは田中さんの長男だ。幸い、田中さんは高血圧と心不全の治療を受け一命を取り留めた。

 家族にとって意外だったのは、田中さんがひどい貧血を患っていたこと。酸素とくっついて全身に酸素を運搬するヘモグロビンの量が9g/dlしかなかった。東邦大学医療センター佐倉病院循環器科の東丸貴信教授が言う。

「貧血は心不全を悪化させる原因ですが、心不全そのものも貧血を起こします。心臓の機能低下で腎血流量が減り、腎機能が悪くなると、赤血球を作るエリスロポエチンの産生異常が起こります。炎症性サイトカインも増えるので、これらが相まって貧血になると、心不全がさらに進むという悪循環に陥ります。実際、心不全患者の3分の1は貧血があるといわれます」

■肉は食べなきゃダメ

 貧血の定義は世界保健機構(WHO)基準などで血液内のヘモグロビンの量が15歳以上の成人男性は13g/dl以下、妊婦を除く15歳以上の成人女性は12g/dl以下とされている。高齢者は11g/dl以下だが、65歳を過ぎると造血能力が急に低下することが知られる。

 貧血にはさまざまな種類があるが、田中さんは高齢者の多くが患う鉄欠乏性貧血だった。その原因は消化管からの鉄吸収障害、薬による消化管出血などもあるが、食事での鉄分摂取不足も大きい。

 田中さんは食が細く、十数年前の交通事故で腸が傷つき機能低下していたため、肉などは控えめにしていた。

「鉄分には、肉や魚などのタンパク質に含まれ体に吸収されやすい『ヘム鉄』と、野菜や穀類に含まれて吸収されにくい『非ヘム鉄』とがあります。高齢者は『粗食が一番』という誤った考えから、ヘム鉄を取らないため、鉄不足になりやすい傾向にあります」(都内の管理栄養士)

 しかも田中さんは、非ヘム鉄の体内吸収を助けるビタミンCも不足気味だった。妻と2人暮らしの田中さんは、果物などを買っても重くて持ち帰るのが大変だったからだ。

 高齢者の貧血が怖いのは心臓の病気だけじゃない。胃がんや大腸がんなどの消化器のがんや、うつ症状や食べ物がのみ込めなくなる嚥下障害、認知症やうつ症状などにも注意が必要だ。

「消化管にできたがんによって出血し、鉄欠乏性貧血になることがあります。鉄欠乏性貧血になると、食道の上部3分の1の粘膜に薄い膜(食道ウェブ)ができます。そのため、食事がのどを通らなくなることがあるのです。また、貧血の人は認知症のリスクが上がることが、ドイツや米国などの研究で報告されています」(東丸教授)

 鉄分は神経伝達物質であるドーパミンやノルアドレナリン、セロトニンを合成するのに欠かせない。そのため鉄不足はイライラ感や疲れやすさ、注意力の低下といったうつ病と似た症状を起こすという。

 高齢者は貧血を軽く見てはいけないのだ。

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