スマホが医療を変える

「個別化医療」の実現には不可欠

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 スマホ医療は、突然始まった感がありますが、そうではありません。1990年代後半のEHR(Electronic Health Record)や、それを受け継いで2000年以降に注目を浴びているPHR(Personal Health Record)の、自然な発展形ととらえることができるのです。

 EHRとは、複数の病院の電子カルテをネットワークで相互につないで、病院間での医療情報を共有する仕組みのことです。その当時、世界中でEBM(根拠に基づく医療)が叫ばれていました。経験主義を脱し、臨床研究の科学的成果を積極的に臨床に取り入れていこうという動きです。EBMを推し進めていくと「医療の標準化」に行きつきます。「同じ病気なら、どの病院でも同じ治療を受けられるべきだ」とする考えです。そのための情報基盤がEHRだったのです。

「英国」「カナダ」「オーストラリア」「韓国」「台湾」などで実用化されています。日本でも一部の自治体や病院グループが、小規模なEHRを運用しています。

 21世紀に入ると、今度は「個別化医療」が注目されるようになってきます。血圧ひとつとっても個人差があるため、標準化された治療がかえって逆効果になることもあります。個別化医療を実現するためには、電子カルテのデータだけでは不足で、毎年の健診データや、できれば毎日の家庭での測定値を記録する必要があります。また、個人の遺伝情報も入れておくべきです。つまり、究極的には、生まれてから亡くなるまでの「健康ライフログ」が欲しいのです。そのための情報基盤がPHRというわけです。

 日本を含む各国がPHRの実現を重要な政策課題として掲げていますが、まだ完成させた国はありません。実現すれば、個別化医療の枠を越えて、個人レベルから国家レベルまでの健康管理と疾病予防が可能になるはずです。そのシステムを完成させた国は、さまざまな特許を得て、世界の医療を支配するでしょう。

 しかし、問題はシステムがあまりにも巨大だということです。仮に日本で作るとなると、国民全員のカルテと健診データだけでも、膨大な情報量になります。セキュリティー対策も万全でなければなりません。加えて毎日の健康情報をどう計測し、記録させるかが未解決のままです。

 本格的なPHRを構築し、運用するための人材・ノウハウ・予算を、政府や自治体はほとんど持ち合わせておらず、民間が行うスマホ医療がその一助になる可能性があるのです。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。