スマホが医療を変える

IT産業の巨人たちの挑戦 グーグルとマイクロソフトの対決

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 世界初の本格的なPHR(Personal Health Record)システムを立ち上げたのは、IT産業の巨人、マイクロソフトでした。「Microsoft Health Vault」(MHV)と呼ばれています。

 PHRは国民一人一人の電子カルテに加えて、毎年の健診結果や、各自が任意に家庭で測定する血圧・体重なども記録できる「健康ライフログ」システムです。病気治療だけでなく、個人レベルでの健康管理や疾病予防にも使えるため、世界中で注目されています。しかし複雑で巨大なシステムであるため、各国とも開発に二の足を踏んでいるのです。

 そんな間隙を縫うようにして、2007年からMHVの大規模な試験運用が始まり、2011年からはアメリカとイギリスで本稼働に入っています。

 ユーザーはMHV上に自分と家族だけの情報スペースを持ち、「通院記録」「病歴」「投薬情報」「検査情報」「アレルギー情報」「フィットネス情報」などを記録します。それらのデータを、専用ソフトを使って解析することができますし、通院時や緊急時に医療機関にデータを提供することもできます。また、健康医療機器メーカーと提携して、体重や血圧などの測定値をパソコン経由で自動的にMHVに転送し、記録することも可能です。いまでは珍しくありませんが、当時としては画期的な機能でした。

 マイクロソフトから1年遅れて、ITのもう一方の巨人、グーグルがPHRに参入してきました(Google Health:GH)。GHもMHVとほぼ同じ機能を持っていました。2大巨頭が出揃ったことで、「いよいよPHRが本格化する」と医療関係者や投資家の期待を集めたのですが、2012年1月に、グーグルが撤退を表明し、1年後には完全に撤退してしまったのです。先行のMHVはいまでも生き残っていますが、成功とは言いがたい低空飛行が続いています。

 MHVやGHは「ユーザーが知りたいことに答えていない」のが失敗の原因といわれています。ユーザーが求めているのは病気のことではなく、「自分はどのくらい健康か」「より健康になるために何をやればいいか」ということです。そのためには、いまの身体状態をリアルタイムで計測できなければいけませんし、そのデータをリアルタイムで解析し、本人にフィードバックしなければなりません。残念ながら初期のMHVとGHには、肝心の「リアルタイム性」が欠けていたのです。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。