天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓は早朝と夜間に悲鳴を上げる

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心筋梗塞や狭心症の発作は、早朝(午前6~8時)と夜間(午後8~10時)に起こりやすいというデータがあります。

 目覚めた直後は、交感神経が活発になります。交感神経が優位になると血管が収縮して血液が流れにくくなり、血圧が急上昇します。また、就寝中は体内の水分が失われるため、血液は粘り気があって固まりやすい状態になっています。さらに、普段から高血圧や抗凝固剤などの薬を飲んでいる人の場合は、早朝は薬の効果が切れている時間帯であるケースも多い。こうした要素によって、心臓発作が起こりやすくなるのです。

 一方の夜間は、心臓が多くの刺激を受ける時間帯といえます。残業で疲労やストレスがたまったり、アルコールを飲んだり、気温が急激に下がったり……。こうしたさまざまな変化による刺激によって、心臓の負担が増えると考えられます。

 心筋梗塞や狭心症の発作は、急に胸が締め付けられるように苦しくなったり、息苦しくなったりするのが特徴です。胸だけでなく、背中や腕に強い痛みを感じる人もいます。心筋梗塞は、放置していると心不全になって心臓のポンプ機能が停止し、死に至るケースもあります。すぐに医療機関を受診することが大事に至らない秘訣ですが、気分不快があるときは血圧が低下してショック状態になる前兆の場合が多いので、躊躇せずに119番通報して救急車を呼びましょう。

 もっとも、そうした日内変動によって発作を起こし、救急診療を受けなければいけないような人の心臓は、かなり悪化した状態であるといえます。本人が気づいていないだけで、実は普段から、「健康な人と比べて脈拍が1分間で10回以上も速かった」「何度も立ちくらみを起こしていた」「動いた後に痛みや息が詰まる感覚があったのに、少し休めば治ってしまい、その後は症状が出ないから放置していた」……といったような形で、典型的な心臓病の症状があることも多いのです。

 ただ、そうした自覚症状は継続的に出現するわけではないケースも多いため、まさか心臓からきている症状だとは思わない人がほとんどです。多くの人に「心臓というのは常に動いている臓器だから、いったん心臓疾患の症状が出たらどんどん悪化していくもの」という固定観念があるからでしょう。しかし、決してそうではないのです。

■単独のトラブルには強い臓器だが…

 心臓は生命を維持するためになくてはならない臓器で、休むことなく動き続けています。止まってしまうと、血液の流れや細胞の動きも停止して生きていくことができなくなります。それほど重要な臓器だからこそ、余裕があってトラブルに強くできているのです。

 トラブルによって一部が機能しなくなっても、残りの部分がそこをカバーして働く「代償能」というシステムがあるため、適応能力も非常に高い。たとえば、4つある弁の1つがトラブルを起こして血液の逆流があったとしても、動きだす段階で少し不自由するだけで、あとは大きな問題もなく乗り切れてしまいます。つまり、心臓は何か不具合が起こって自覚症状が出ても、いったん落ち着かせてしまえば、しばらくは問題が起こらない。単独のトラブルに対しては非常に強い臓器なのです。

 しかし、トラブルが2つ重なると、いきなりガクッときます。たとえば冠動脈であれば、詰まっているのが1本だけならそれほど問題はないのに、2本詰まると重篤な心筋梗塞になったりします。弁も2つが機能しなくなると、心不全を起こしやすくなります。

 だからこそ、トラブルが1つのうちに、それ以上は悪化しないように計画的に手を打っておくべきといえます。中には、1つ目のトラブルの段階ですぐに治療しなければならないケースもありますが、生活制限を受けないような病気であれば、慌てて手術などの大がかりな治療をする必要はありません。

 心臓に何らかの異変を感じたら、乗り切れてしまうからといって放置してはいけません。まずは専門医の診断を受け、段階に応じた適切な治療を受けてください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。