スマホが医療を変える

ちっとも便利にならない「処方箋の電子化」の問題

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 スマホ遠隔医療の普及に欠かせないのが、処方箋の電子化です。せっかく通院の手間が省けても、あとで病院に処方箋をもらいに行かなければならないとしたら、遠隔医療の恩恵も半減してしまいます。処方箋を郵送してもらうという手もありますが、薬局に行く手間がかかります。「電子処方箋がスマホに送られてきて、それをネット上の薬局に転送するとクスリを郵送してもらえる」という具合になれば、ずっと便利になるはずです。

 一方、日本の法律では、処方箋は紙で、しかも医師の署名ないし押印が必要とされてきました。しかし高価な新幹線チケットや航空券ですら、スマホ対応になっている時代です。処方箋だけが、いつまでも紙というわけにはいきません。そのため厚労省は今年4月から、「電子処方箋の解禁」に踏み切ったのでした。ところが、ほとんど使われていないのが現状です。

 とにかく使いにくい仕組みなのです。電子処方箋といっても、患者本人に直接送られてくるわけではありません。いったん地域医師会のサーバーなどを経由して、所定の調剤薬局に送るというやり方です。患者が保険証を持ってその調剤薬局に行くと、クスリを出してもらえるのですが、別にこれといって恩恵があるわけではありません。

 調剤薬局側でも、電子処方箋には乗り気でありません。実は薬局と病院のあいだには、クスリの処方を巡って「疑義照会」といわれる問い合わせが頻繁に行われているのです。また疑義照会の結果、処方内容を変更するといったこともさほど珍しくありません。厚労省が打ち出した電子処方箋では、そうした対応が難しいのです。

 医者にも患者にも薬局にも使い勝手がいいシステムとなると、厚労省や地方医師会の手に余ります。そうこうしている間に、海外の巨大IT企業が乗り出してくるかもしれません。

 調剤薬局絡みの総医療費は7.2兆円(2014年)にも達しています。ビジネスの余地はいくらでもありそうです。さすがに日本政府も、すぐに海外企業に門戸を開くようなことはないでしょう。しかし、いつ外圧に屈してしまうかもしれません。

 電子処方箋は技術的というよりも、実は政治経済の問題なのです。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。