天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

道具へのこだわりが手術の完成度をアップさせる

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 先月初め、元祖「神の手」と称される脳神経外科医の福島孝徳先生とお話する機会があり、いろいろとアドバイスをいただいたことを前回お伝えしました。福島先生は74歳になられたいまもより速く、より完成度の高い手術に磨きをかけるため、年間365日、手術をされているということでした。そのために手術で使用する道具にもこだわっていて、顕微鏡、メス、照明など、自分に合った使いやすい道具を開発して、セッティングしているといいます。

 これまでの私には、積極的に「道具にこだわって開拓する」という考えはありませんでした。48歳のころに「暗いと見えにくい」という老眼の症状が表れたときは、絶好のタイミングで知人から多重焦点コンタクトレンズを紹介してもらったり、術中に使うヘッドライトもそれまでのハロゲンより2~3倍の明るさが得られるキセノンが登場したり、自然と道具に“出合っていた”感覚です。

 そんな私に対し、福島先生は「自分に合った道具を開発したり、ルーペよりも倍率が高い顕微鏡を使ってみたら、さらに精密な手術ができるようになると思いますよ」とアドバイスをくれたのです。今よりもさらに手術の完成度を高め、心臓外科医としての寿命を延ばす。そのための“ヒント”をもらった思いです。

 一般的に、心臓外科の手術では顕微鏡は使用しません。患部を拡大する必要がある際は、倍率5倍程度のルーペを使います。これが顕微鏡なら20倍ほど拡大して見ることができるため、たとえば再手術で癒着を剥離するときなど、組織の変わり目のほんのわずかな隙間になっている部分を見つけられる可能性があります。そうなれば、より精密で完成度の高い手術ができるようになるでしょう。

 ただし、課題もあります。脳外科の手術は、患者さんの頭をしっかり固定して動かない状態で行うことが多いため、顕微鏡を使った処理に向いています。一方、心臓外科の手術は心臓を動かしたまま行うケースも多いうえ、ルーペで拡大した細かい視野だけでなく、もっと全体を広く見なければならない場面がたくさんあります。

 仮に顕微鏡を使って心臓の手術をするとなれば、そうした視野の切り替えをどのように行うかを考えなければなりません。「この患者さんの状態なら、この場面で顕微鏡を使えばより精密な処置ができる」といったように、最初から顕微鏡を使用するポイントを狙いすましていく必要があります。そうしなければ、顕微鏡が持つ本当の利点を引き出すことはできないでしょう。

 また、心臓手術で顕微鏡を取り入れるような状況になったときには、メスなどの道具も替えなければいけないかもしれません。顕微鏡によって精密さが上がる分、より小さなストロークで、これまでと同じ作業ができるような道具が必要になるだろうと考えています。

 いずれにせよ、心臓外科医にとっては前人未到の領域ですが、それだけ大きな可能性とやりがいを感じています。

 外科医には、道具にこだわらなくても「腕」でカバーできる期間があるものです。しかし、その期間の後、最後の最後の完成度をより高めるためには、道具にこだわらなければいけない。実際にそれで成功している福島先生が、それを教えてくれたのです。

 ある程度の経験を重ねてきた外科医であれば、「それは脳外科の話でしょう? こちらは心臓外科だから世界が違う」などと突っぱねてしまう人がほとんどでしょう。自分も若いころならそうだったはずです。しかし、この年になってみると、“名人の言葉”には素直に耳を傾けられるものです。

 私のポリシーは「あきらめちゃいけない」ということです。「自分には、もうこれ以上はないんじゃないか」と思ってしまったら、もうそこで終わりです。自分よりも年配の「神の手」と呼ばれているような外科医が、より高い完成度を求めてまい進しているわけですから、こちらもこれまで積み重ねてきた経験と英知を結集して、さらに頑張らなければ追いつくことはできません。そして、それだけまだ伸びる余地もあるということです。福島先生からは、そんな勇気をもらうことができました。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。