Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

M・ダグラス公表 舌と喉の腫瘍は放射線で生活機能を守る

 真意はどこにあるのでしょうか。米俳優のマイケル・ダグラス(72)が、ロンドンで開催されたイベントで語ったことです。

 2010年に喉にクルミ大の腫瘍が発見されたことについて、「手術をする可能性もあるし、顎の一部を取り除くことになるから、俳優としてのキャリアを続けることは難しいと言われたね。『これは死刑宣告なのか?』と思ったよ」と振り返っていました。

 実は咽頭がん公表の3年後、本当は舌がんだったと英国のテレビで語っているのです。「(ステージ4の舌がんで手術をすることになれば俳優生命を絶たれるため)医師から『咽頭がんということにしておこう』とアドバイスされた」と。

 その背景を探ると、いくつか重要なことが推察されます。一つは、がんの場所です。舌の後方3分の1は舌根と呼ばれます。この部分にできたがんは舌がんではなく、中咽頭がんとして扱われます。医学的にシロウトのダグラスが、舌という場所を意識すれば舌がんと言うかもしれないし、医師の説明を素直に受ければ咽頭がんとも言うかもしれません。どちらの発言もあり得るのです。

■6割がセックスで感染

 もう一つは、舌がんは男性に多いこと。女性の2倍で、50~70代で発症しやすい。原因は明らかではありませんが、飲酒や喫煙による影響と歯並びや入れ歯などの刺激によって、誘発すると考えられます。歯並びが悪かったり、入れ歯が合わなかったりして、舌が持続的な刺激を受けると、舌がんのリスクが高まるのです。舌の縁や裏側によくできます。

 そういうケースだと、硬いしこりができやすいため、3分の2は異変に気づいて早期に見つかります。初期だと、痛みや出血が必ずしも表れるとは限りません。

 ダグラスのようにがんが舌の奥や裏にできると、自分で見えにくく、症状も表れにくいため、発見が遅れやすい。進行すると、病変が潰瘍になって、痛みや出血が持続。口臭が強くなりやすい。ダグラスの受診も痛みがキッカケでした。

 通常、早期舌がんの治療は手術が基本ですが、舌に放射線が出る線源を刺して放射線を直接照射する組織内照射なら、切らずに治すことも可能です。舌を切除すると、食事を飲み下す機能・嚥下や発声が障害される恐れがあります。ダグラスならずとも、これはつらいでしょう。放射線治療や化学療法によって、嚥下や発声を守れる可能性があります。中咽頭がんも、早期なら放射線で6~8割は治ります。

 3つ目は、彼の過去の発言で、「咽頭がんの主な原因は、HPV感染だからね」と語っていたことです。

 HPVはセックスで媒介するウイルスで女性が感染すると、子宮頚がんになりやすいことで知られます。へんとうや舌など中咽頭の粘膜は、子宮頚部の粘膜と環境が似ているため、オーラルセックスなどでHPVが中咽頭に感染すると、中咽頭がんを発症する恐れがあるのです。米国では、中咽頭がんは、6割がHPV感染が原因とされます。

 これらのがんを予防するには、夜の営みを含めて生活改善がとても重要であることがうかがえるのです。そういうことを世界に知らしめた点で、ダグラス発言は大きな意味があります。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。