今回は少し趣向を変えて、心臓疾患が「くみしやすい理由」についての解説をしたいと思います。
心臓は生命を維持していくために欠かせない臓器で、心臓の停止はヒトの死を意味します。そのため、心臓疾患というと何やら複雑で難しい病気だというイメージを抱いている人がほとんどでしょう。しかし、心臓は全身に血液を循環させる「ポンプ機能」がほぼすべての役割といってもいいほどシンプルな臓器です。シンプルな分、病気になる原因や仕組み、改善のための“答え”がほぼ解明されていて、実はそれほど難しい疾患ではないのです。
心臓疾患の種類は、ほぼ3つしかありません。①心臓内の弁などの構造上の異常による病気(生まれつきの奇形や心臓弁膜症など)、②心臓の筋肉=心筋そのものが傷んでいる病気(心筋症など)、③動脈硬化や血圧の影響などによって引き起こされる血管の病気(狭心症や心筋梗塞といった冠動脈疾患、大動脈解離など)で、この3つのどれかが損なわれることで心臓の機能が落ちて体に害を及ぼします。
①構造上の問題は、手術などで異常な部分を正常化してあげれば、機能をしっかり取り戻せます。この場合、手術のタイミングが最も重要です。
②心筋の問題は、筋肉の働きを悪化させないような投薬治療や、心筋細胞そのものを取り換える、または心臓全体を取り換える治療を行えば改善します。
③血管の問題というのは、生まれつきの血管の異常を除けば、ほぼ動脈硬化によって起こります。そのため、動脈硬化を予防する対策を実践すれば、進行を止めることができます。高コレステロール、高血糖、高血圧、肥満、喫煙といったリスクファクターを普段からしっかり管理して、血管が“若い状態”を保てるような対策を立てておけば、病気が悪化することはありません。
つまり、心臓疾患は「患者さんの状態に応じてどんな治療をすればいいのか」が分かっていて、さらに、「病気になってしまった段階で何をすればいいか」「病気になりつつある段階で何をすればいいか」についてもハッキリしています。
まだ解明されていないのは、心筋がどんどん傷んでいく病気がどうして起こるのか、生まれつきある心臓や血管の構造上の奇形が一定の割合で表れるのはどうしてなのかということくらいです。そして、それらに対して遺伝子介入するなどして予防や治療ができないかといった研究が進んでいけば、特殊な肉腫や極めてまれな例を除いて制圧できる病気といえます。これが、たとえばがんのように突然変異といった要素が入ってくる病気となると、そう簡単ではありません。勝負事にたとえると、心臓病はチェスみたいなもので、駒を取ってしまえばもうそれは使えなくなります。一方、がんは将棋で、いったん取った駒でも再び使うことができます。がんを一度取り除いても、体質などの要因によって転移が起こったり、別のがんができたりするので、心臓疾患=チェスと比べるとはるかに複雑です。シンプルでやるべきことがハッキリしている心臓疾患は、いたずらに怯える必要はない病気なのです。
また、心臓は「無菌」の場所にある臓器で、人工物を効果的に使えるという点も、治療によって改善できる余地が大きいといえます。心臓を構成している弁や血管などの劣化によって働きが低下している場合、弁や血管を人工の物に取り換えれば、機能を取り戻すことができるのです。
これが、たとえば胃や腸といった消化器となると、そうはいきません。「食べ物が通る場所」には必ず細菌が存在します。そうした臓器には、体に害を与えないように細菌を排除するシステムがあり、人工物は“異物”と判断されて受け付けないのです。また、細菌が存在する場所にある臓器は、人工物が人体に取り込まれる過程において感染が起こりやすくなるので、人工物を使うには大きなリスクがあります。そうした点から考えても、心臓は「恵まれた臓器」といっていいでしょう。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」