ドキュメント「国民病」

【うつ病】眠れない日に子供時代の嫌な記憶を思い出した

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

「“もう死んでもいいや”と、苦しむことなく自殺できる方法を、2、3回は考えました」

 こう語るのは、50歳過ぎに「うつ病」を発症し、今年の春先までの10年余、「無気力」生活をさまよった越川正則さん(仮名、62歳)だ。

 東京・板橋区在住の越川さんは、都内の有名私大の経済学部を卒業し、中堅の商社に就職。40歳の誕生日を機に脱サラし、人材派遣業の会社を起こした。足を棒にして得意先を開拓。数年を経て年収が800万円前後、3~4人の社員を雇用できるまでに成長した。

 20代で2年間の短い結婚生活を経験したが、性格の不一致で離婚。以来、独身を通して、余暇はもっぱら釣り、登山、読書、映画観賞など多趣味な中年時代を送ってきた。山登り仲間のリーダーとして、標高3000メートルの「穂高岳」に登っている一級の登山家でもある。

 責任感が強く、性格も明るい。時々、社員たちを連れてカラオケ店に繰り出し、常に一番最初にマイクを握っては、下手な歌を大声で歌っていた。

 事業の拡大に向け奔走していた最中に父親が病死。付き合っている彼女との間で結婚の話も進行していたが、「何か、眠れない日が続くようになったのです」という。

 不眠症は「うつ病」を予見するシグナルのひとつである。眠れない日は決まって子供時代を思い出すようになり、小学時代や中学時代、担任の先生に殴られた記憶が蘇った。

「なぜあの時、先生に反抗し、殴り返さなかったのか」――。悔しくて仕方がなくなって興奮し、ため息をついたまま朝方まで眠れない。翌日、目を真っ赤にして会社に顔を出すものの、頭がボーッとして仕事に身が入らなかった。

■何も食べなくてもお腹が食欲がわかない

 2週間ほど不眠状態が続いていたある日、朝方、ネクタイを締めようとしたところ、なぜか面倒くさくなってしまう。外は土砂降りの雨。越川さんは会社に「体の調子が悪いから今日は休む」と連絡をした。朝から何も食べていないが、お腹はすかない。まったく食欲がわかなかった。

 欠勤が10日ほど続いたころ、訪ねてきた彼女が開口一番、「何よこれ? 部屋が汚い!」と驚きの声を上げた。

 越川さんは、奇麗好きできちょうめんなタイプで、部屋の掃除を毎日欠かさない。洗濯物をためるようなこともなかった。それが、部屋はホコリだらけ。無精ひげを生やし、汚れた下着やパジャマを部屋中に散らかしていた。

 彼女との会話にも笑顔はなく、何を問いかけても生返事。いつも冗談を言って笑わせてくれた越川さんの異変に気付いた彼女から、「あなた、少しどこかおかしいわよ。病院に行ったらどうなの?」とアドバイスされた。

「男性の更年期障害だよ。心配ない!」

 そう答えた越川さんに、「うつ病」という出口が見えない迷路の門扉が開いた――。