ドキュメント「国民病」

【うつ病】自殺決意も…思い出の写真に涙がこぼれ落ちた

写真はイメージ
写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 警察庁の発表によると、2015年度の自殺者総数は2万4025人。そのうち、「健康問題」を動機とした自殺者が1万2145人だった。

 健康の何が動機なのかデータはない。だが、2009年の警察庁統計に「うつ病など精神障害」による自殺者数が6949人(この年の自殺者数3万2845人)とある。この統計に準ずると、年間自殺者総数の2割ほどが、うつ病などの精神障害者だ。

 東京・板橋区内に住む越川正則さん(62歳=仮名)も、うつ病と診断されて5年目あたりから、自殺を考えるようになった。

 40代で自ら起こした人材派遣会社を数年も欠勤し続け、もはや仕事に対する意欲も湧かない。うつ病を発症した前後、結婚を前提に交際していた彼女も、越川さんの前から姿を消していた。

「掃除もしない汚れ放題の部屋で毎日、無気力なまま窓から外を眺めてボーッと生きてました。この孤独感は理解できないでしょう。もう私には生きる価値もなく、自殺しようかと……」

 越川さんは自殺の方法を考えた。最初は風呂の中で手首を切ろうとしたが、息絶えるまで少し痛そうだ。

 鉄道自殺はどうだろうか。ホームから電車に身を投げたら、鉄道会社から莫大な損害賠償が請求されるという。支払いは、群馬の実家でひとり暮らしをしている年老いた母になるだろう。母にはうつ病にかかっていることは内緒にしているし、死んでまで迷惑をかけたくない。

 越川さんは、登山のほかに釣りも趣味にしていた。帰省する時は必ず釣り竿を携帯し、実家の周辺で川釣りを楽しんでいた。

「台風の日を狙い、夜釣りの川で自殺しようかと考えました。生命保険の受取人名義を母にしてね」

 こうした自殺の方法を毎日、寝ても覚めても考えるようになった。

 やがて、自殺の場所を川と決めて決行の準備に入った。しかし、その前に持ち物を少し整理しておこうと思い立ち、残高が少ない預金通帳や健康保険証、運転免許証をまとめて机の上に置いた。

 ふと、登山や釣りの本などが乱雑に積まれた横にある本棚に目をやると、下段にアルバムが収まっている。ほこりを払ってパラパラめくると、母と2人で温泉旅行をした思い出の写真、登山仲間や釣り仲間と一緒にふざけ合っている何枚ものスナップ写真が出てきた。

 その仲間たちの真ん中で、いつも笑顔で写っている越川さんがいる。しばらく見つめていると、涙が無精ひげを伝い、床にポロポロとこぼれ落ちた。