ドキュメント「国民病」

【うつ病】持つべきは趣味の仲間と仕事先

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 10余年間、うつ病のため老人が病床に伏すような幽閉状態になっていた越川正則さん(仮名、62歳)。光明が差し始めたのは、昨年の年明けごろからである。

 その4年前、川への投身自殺を決意した越川さんは、その直前に偶然目にした釣り仲間や登山仲間と一緒のスナップ写真に涙し、自殺を思いとどまった。

 そんな仲間からは、時折、安否を気遣う電話がかかってきていたが、いつも生返事で電話を切っていた。

「しかし、心の底では『もう一度、仲間たちと釣りや、山に登ってみたい』と思っていたのです」

 そのうち、越川さんは友人からかかってくる電話を取り、ポツリポツリと昔話をするようになる。そして昨年の年明け、運動靴を履いて外に出てみた。さわやかな青空で、少し気分がいい。冷たい風を浴びながら、近所の公園まで1時間ほど散歩をした。

 やがて、午前中の散歩が日課になった。体の調子がよさそうな日はゆっくり走ったり、ジョギングをしてみた。これを1年間続けたのである。

 学生時代から登山を趣味にしていただけに、体力はある。体調の回復も早かった。

 数年間、解約していた新聞購読も再契約した。毎朝、ひげも剃るようになり、部屋に散らかし放題だった下着を洗濯機に入れ、掃除機も手に持つようになった。

■電話が外に出る勇気をくれた

 さらに、越川さんが「うつ病から解放された」と確信を得たのは、今年の春先にかかってきた一本の電話だったという。

 40代で人材派遣会社を起こしたとき、真っ先に顧客になってくれた企業があった。その当時の担当者からだった。

「ご無沙汰しております。また本社に戻ってきましたので、越川さんに相談したいことがあります。来週あたりお時間取れますか?」

 いつも霧がかかっているような重い頭の中に、その声がまるで霧を裂くようにスーッと入ってきたという。

 面会の約束をした翌週の月曜日、越川さんは10年ぶりに白いワイシャツを着てネクタイを締めた。小脇に新聞を抱え、軽い足取りで駅に向かった。

「うつ病は99%治ったと自覚しています。残りの1%ですか? 再発の不安でしょうか」

 こう語る越川さんは、なぜ自分がうつ病にかかったのか、10余年前をあらためて回想してみた。

「思い当たるのは、20年近く吸っていたたばこをやめたことです。やめたときのイライラ感で、眠れなくなってしまった。これが不眠症に導く動機になったかなと。また、当時は父親の死、仕事や結婚などいろいろな問題が重なり、精神的に追い込まれていたことがうつ病につながったのではないでしょうか」

 来年、人材派遣会社の顧問を辞めるという越川さんは、「10年間をロスし、残された人生の『時間』を取るか、『金』を取るかを考えました。貧乏でもいいから、私は好きな趣味を堪能して生きたいと『時間』を選択したのです」と笑った。