Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

改正がん対策基本法で考えた「がん治療と仕事」両立のカギ

治療の選択は焦らなくていい
治療の選択は焦らなくていい(C)日刊ゲンダイ

 毎年100万人が新たにがんを発症し、37万人ががんで亡くなっています。発症者数のうち3割は65歳未満。仕事を持つ現役世代ががんを患うことは決して珍しくありません。いろいろな報告を総合すると、65歳未満でがんを発症する確率は、15%とされます。

 がんになったら治療はもちろん大切ですが、仕事との両立がとても大きなテーマといえるでしょう。そんな状況を受け、改正がん対策基本法が9日、成立しました。そのポイントが、がん患者の雇用継続に企業が配慮するよう明記したこと。

 なぜそんな法律が成立したのでしょうか。現実は、なかなかそうなっていないのです。がんと診断された現役世代は、4人に3人が働き続けることを望んでいます。ところが、がんと診断を受けて離職する人が少なくないのです。

 厚労省研究班の調査によると、がんになると3割が離職。そのうち4割は治療開始前に職場を去っています。告知直後の2週間はショックが大きくうつ状態になり、冷静な判断能力を失い、絶望感から離職を選択してしまうのです。さらに2割は、休んで治療を受けたものの復帰できずに退職しています。

 たとえば、早期の胃がんは内視鏡で手術すれば根治できますが、入院期間は長くて1週間程度。乳がんで抗がん剤治療を受けると、短期間の入院を繰り返します。放射線は1回の治療時間は短いものの、毎日の通院が必要です。治療が終わっても、数カ月に1回の頻度で経過観察で検査が……。

 短時間勤務や短期休暇の繰り返しで職場に居づらくなって肩身の狭い思いを強いられ、やむを得ず辞職せざるを得なくなるのです。大手企業でさえそうですから、法律改正ですぐに抜本的に改善するのは難しいかもしれませんが、現状でも打つ手がないわけではありません。

 ひとつは、3大治療の選択として放射線を選ぶことです。毎日の通院がネックと指摘しましたが、東京には、早退することなく仕事帰りの夜間に放射線を受けられる医療機関もあります。私がお手伝いしているある病院なら、10時まで診療できるので、治療後に一杯飲んで帰るのも可能で、赤ちょうちんに寄れるくらい副作用も軽いのです。

 放射線のメリットは、受診しやすさだけではなく、大事なのは治療効果です。頭頚部や食道、肺、乳腺、前立腺、子宮頚部など多くのがんで、手術と同等の効果が得られます。欧米では6~7割が放射線で治療されるのはそのためですが、日本はわずか3割。放射線を選ぶ余地は十分あるでしょう。

 放射線の夜間医療機関が全国にあるわけではないとはいえ、こういう選択肢があることは頭に入れておいてください。そうでないと、がんの治療と仕事、ひいては生活とのマッチングが難しくなります。

「息を引き取る直前まで『仕事に行こう』と申しておりました」とは、昨年4月に亡くなった俳優・愛川欽也さん(享年80)を看取った妻・うつみ宮土理さん(73)の言葉です。病状に応じて治療法をうまく選択すれば、亡くなる直前まで元気に仕事ができますから。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。