極度の糖質制限は危険 がん患者が取るべき「正しい栄養」

藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座の東口髙志教授
藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座の東口髙志教授(C)日刊ゲンダイ

「がん細胞は炭水化物から合成されるブドウ糖を消費して増殖する。一方、人はブドウ糖がなくても緊急用の代替エネルギーである『ケトン体』をつくり出せる。なので、終末期のがん患者は、糖質制限食でがんを兵糧攻めにすべきだ」

 最近、こんながん食事療法が注目されているという。しかし、糖質は“宿主”の人間にとっても重要なエネルギー源。がん患者が制限して大丈夫なのか? 日本静脈経腸栄養学会理事長で藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座の東口髙志教授に聞いた。

■「糖を取らない」ではなく「うまくエネルギーに変える」

「以前からある食事法ですが、動物実験や臨床試験を広く行い、効果や安全性を繰り返し検証し、確かめられたとは聞いていません。何人かの終末期のがん患者さんに効果があったにせよ、全てに当てはまると考えるのは危険と思います」

 東口教授は、それまで平均余命35日だったがん終末期患者の生存期間を、体系的な栄養管理によって50日に延ばした臨床栄養学の第一人者。全国約1500の医療施設で活躍する「全科型栄養サポートチーム」の創設者でもある。

 東口教授によると、がんは自身が生き延びるため、患者本人のタンパクや脂肪を崩壊させてブドウ糖に変換し、それをエネルギーとして使う。

 がんはブドウ糖しかエネルギー源として使用できないので、ブドウ糖を得るためにがん患者の骨格筋や脂肪をどんどん溶かして、高度の“代謝障害”に誘導するという。

「がん細胞は、インスリンや種々のホルモンが正常に作用しないようにして使われない糖を乳酸に変換し、これを元にエネルギーをつくり上げます。この変化はがん患者さんが糖を摂取しなくても起こります」

 要するに糖質制限をする、しないにかかわらず、がん細胞は体の骨格筋や脂肪を崩壊させて、生み出されたエネルギーによりどんどんと増殖するのだ。

「糖はよほどたくさんの量を摂取しない限り、がんの発育を早めることはありません。糖質を過度に制限すると、むしろ正常細胞が必要とする糖を著しく減らすことになります。そのため、がんも正常細胞も糖を得るためにタンパクや脂肪が崩壊され、著しく減少し、患者さん自身ががんより先に滅びてしまうことになります。大事なのは『糖を取らないこと』ではなく、『糖を正常細胞がうまくエネルギーに変えられるか』です」

 食べ物は、体内で炭水化物からブドウ糖に変わる。それが血液とともに全身を巡る間に、インスリンの働きで細胞内に取り込まれ、ピルビン酸に変わる。

「この過程を『解糖系』と呼びます。この時、細胞内が酸素不足、あるいはミトコンドリア内にブドウ糖の代謝産物ピルビン酸が進入できないと、ピルビン酸は疲労物質の乳酸に変わります。この乳酸からエネルギーを産生するのが『嫌気性解糖』です。がん細胞はこの経路でしかエネルギーをつくり出せません」

■終末期の栄養管理のギアチェンジで1割超が蘇る

 一方、細胞内に酸素が十分あり、ピルビン酸が細胞内のミトコンドリアに取り込まれると、「好気性解糖」が始まる。好気性解糖は正常細胞での主なエネルギー生成経路で、「生体のエネルギー通貨」ATPを産生する。

「好気性解糖なら、ATPは嫌気性解糖の18倍も多くつくれますが、酸素が十分あってもがん細胞は好気性解糖を嫌う。ですから、がん細胞が増殖するには、正常細胞の18倍の栄養素が消費されます。そのため、栄養を補給しないと体がどんどんと弱ってしまいます」

 その理由はハッキリしないが、がん細胞が好気性解糖を行うとアポトーシス(細胞死)するという説もある。

「いずれにせよ、がん患者への食事は好気性解糖にプラスになる栄養素を取ればいいのです」

 では、具体的に何を取ったらよいのか?

「『ビタミンB1』はピルビン酸を変身させ、細胞内のミトコンドリア内の代謝経路(TCAサイクル)へ取り込まれる際の補助酵素として働きます。『コエンザイムQ10』はATP生産に必須の補助酵素。『L-カルニチン』は血液中に溶け出した脂肪酸をミトコンドリア内へ誘導することで、エネルギー変換への手助けをします」

 人の体内ではつくれない必須アミノ酸である「分岐鎖アミノ酸」(BCAA:バリン、ロイシン、イソロイシン)は、そのままミトコンドリア内に誘導され、好気性解糖と同様にエネルギーを産生する。「クエン酸」は乳酸をピルビン酸に戻す働きがあり、がん患者の強い疲労感を解消させるのにも役立つ。むろん、がんの種類や治療法の違いで必要となる栄養素は変わるが、共通するのは手術や抗がん剤治療の前に十分な栄養を補給しておくこと。

「血液中のタンパク質量を示す血清アルブミン値が高いほど、手術後30日以内の合併症発生率・死亡率は低くなります。また、栄養状態が良好な人ほど抗がん剤治療での副作用が少なく、治療が完遂されやすくなります」

 ただし、がん患者はエネルギー消費量が落ちてくる「終末期」になると、栄養や水分を減らす「栄養管理のギアチェンジ」が必要だという。

「がんの最終段階では栄養や水を細胞が受け付けなくなり、投与しても腹水や胸水、むくみとなり、患者を苦しめることになるのです。ただ、ここで栄養管理のギアチェンジをすると、患者さんは負担が減り、時にはもう一度、口からご飯が食べられるようになることがある。その段階で再度栄養補給を行うと、自宅に帰れるまで回復するケースも。その数は1割ほどです」

 がん患者の食事法は画期的新薬に匹敵する効果がある。覚えておこう。

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