天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

インフルエンザは心臓にとって大敵になる

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 インフルエンザが猛威を振るっています。今冬は例年より1カ月ほど早い昨年12月末に都内で「流行注意報」が発令されました。

 インフルエンザは体力や免疫力がある健康な人が感染した場合、安静にしていれば時間とともに回復していきますが、心臓疾患を抱えている人にとっては時に命に関わるような危険な病気です。

 心臓に疾患がある人は、インフルエンザに感染すると肺炎などを併発して重症化するリスクが高いという報告があります。同時に、インフルエンザは心臓発作の誘発率を倍増させるというデータもあります。インフルエンザのようなウイルス性疾患は、血圧や心拍数をアップさせるため心臓に大きな負担がかかるのです。また、感染によって起こる炎症が心臓疾患の発症に関わっていると考えられています。さらに、ウイルスが心臓の筋肉に感染して炎症を起こす特発性の心筋症を発症するケースもあります。

 インフルエンザに感染し、38度以上の高熱が出ることで引き起こされる脱水状態も、心臓にダメージを与えます。血液の粘度が上がって流れにくくなり、全身に血液を送り出す心臓はそれだけ負担が増大するのです。脱水になると、心臓疾患を抱えている患者さんは心房細動を発症しやすくなりますし、脱水をきっかけに、大動脈弁狭窄症の症状が強く出て、意識を失うような人もいます。

 インフルエンザに感染すると、心臓疾患を抱えている患者さんが服用している薬にもさまざまな影響が出ます。普段通りに薬を飲んでも効かなくなってしまったり、逆に効き過ぎてしまうのです。高熱や脱水は降圧剤が効き過ぎてしまいますし、抗凝固剤も、ある種の解熱剤や抗生物質と一緒に服用すると効き過ぎてしまうケースがあります。インフルエンザは、心臓疾患そのものに対してだけでなく、治療に対しても悪影響を与えるのです。

 心臓の手術を受けたことがある人や、治療を続けている患者さんがインフルエンザに感染した場合、まずはインフルエンザの治療を最優先させるのが一般的です。ただ、まずはインフルエンザに感染しないように徹底的に予防することが何よりも大事です。手洗い、うがい、マスクの着用はもちろん、加湿器などを使って空気が乾燥し過ぎないようにするなど、できる限りの対策を講じましょう。

■心臓にトラブルがあるなら徹底予防を

 また、インフルエンザの予防接種を受けるのも効果的です。体内でウイルスの増殖を抑えるため、感染しても症状を軽減したり、期間を短縮する効果があります。実際、過去に心臓の手術を受けたり、心臓に持病を抱えて特別な治療を続けているような患者さんは、積極的にインフルエンザの予防接種を受ける傾向が強く、深刻な事態を招くケースはそれほど多くはありません。

 米国医師会雑誌「JAMA」には、心臓疾患の発症リスクが高い人を対象にしたインフルエンザの予防接種と心血管系イベントとの関連を再解析した報告があります。それによると、インフルエンザの予防接種を受けたグループは、受けなかったグループに比べて心臓疾患の発症が36%も低いという結果でした。米国心臓協会と米国心臓病学会も、心臓疾患を抱えている患者には、再発予防のためにインフルエンザの予防接種を推奨しています。

 つまり、インフルエンザへの感染は、それだけ心臓にダメージを与えるということです。無自覚のまま心臓疾患のリスク因子を抱えている人はたくさんいます。心臓にトラブルがある人はもちろん、高血圧、高血糖、高コレステロール、肥満などを指摘されている人は、インフルエンザを徹底的に予防することを心がけましょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。