天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

インフルエンザや風邪が引き起こす心筋症にご用心

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 インフルエンザや風邪にかかったことをきっかけに、心臓疾患を招くケースがあります。ウイルスが心臓の筋肉に感染して炎症を起こし、心臓の機能が低下してしまう「心筋症」という病気です。

 心筋症は、主に「拡張型」「肥大型」「拘束型」に分けられます。拡張型は心臓全体が膨れ上がって壁が薄くなり、血液を送り出す力が弱くなります。肥大型は心臓の壁が厚くなって内部が狭くなり、送り出す血液量が少なくなってしまいます。拘束型は心筋が硬くなって収縮がうまくいかず、血液を送り出しにくくなります。

 いずれも、発熱、咳、頭痛、倦怠感、喉の痛みといった風邪症状に加え、動悸、息切れ、全身のむくみなどの症状が表れます。それまで心臓にトラブルがなくても、急に心不全や心房細動を起こし、最悪の場合は死に至るケースもある病気です。ただの風邪だと軽く考えていたら実は心筋症で、そのまま放置していたため心不全を起こし、心筋の細胞の破壊が進んで亡くなってしまった患者さんもいます。

 比較的、子供に多いといわれていますが、大人でも珍しくない病気なので、注意が必要です。風邪をひいてから動悸や息切れなどの症状があれば、早い段階で循環器内科を受診しましょう。

 また、心筋症を発症して1週間前後の急性期に「非ステロイド性消炎剤」を服用すると、心筋細胞の破壊が進んで極めて症状が悪化し、劇症型心筋症になって突然死する場合があります。市販の総合感冒薬にも含まれている成分なので、自己判断で服用し続けるのは危険です。

 心筋症の治療は、まずは安静にすることと、薬物治療が行われるのが一般的です。拡張型心筋症に対しては、心機能が低下し始めた早期であればACE阻害薬やβ遮断薬が効果的です。いずれも、ホルモンの分泌を抑えて心臓の負担を軽減し、心不全を抑えます。

■破壊された心筋細胞は元に戻らない

 他にも、アンジオテンシン受容体拮抗薬やアルドステロン受容体拮抗薬など、有効な薬がいくつもあります。むくみの症状を軽くするために利尿薬を使用したり、動悸や脈の乱れを抑える不整脈の薬が使われるケースもあります。症状によって、有効な薬も変わってくるので、担当医としっかり相談しましょう。

 薬物治療で心不全や不整脈の症状が改善しない場合は、ペースメーカーの埋め込みや外科手術が検討されます。心筋症で心不全になると飲み薬が効きにくくなるため、点滴によって強心剤や利尿剤といった薬を投与することになります。その状態を繰り返すようになった段階で、手術を行うかどうかを考えるのが一般的です。

 手術は、心筋症で引き起こされるトラブルによって増大する心臓の負担を軽減させたり、肺のうっ血を取り除くために行います。心筋に炎症が起こると、心臓は徐々に肥大していきます。それによって心臓の弁のずれが大きくなり、僧帽弁閉鎖不全症を起こすケースが目立ちます。そうなると、左心室から大動脈へ送られる血液の一部が左心房へ逆流して、適切な量を大動脈へ送り出そうとする左心室に負担がかかり、進行すると心不全につながります。手術で患者さん自身の弁を修理する弁形成術を行い、進行を食い止めるのです。

 また、場合によっては、心臓に酸素や栄養を送っている冠動脈のバイパス手術を行って、心臓を楽にしてあげるケースもあります。

 近年は、全身を温める「和温療法」も行われています。室温を60度に設定した遠赤外線乾式サウナ治療室で全身を15分間温め、その後、さらに安楽イスなどに座った状態で30分間保温し、最後に水分を補給する治療法です。血管を広げることによって、心臓の負担を軽減できるのです。

 ただ、一度破壊された心筋細胞は元に戻せません。破壊が進んでしまったら、最終的には補助人工心臓の装着を経て心臓移植しか方法がないのが現状です。悪化させないためにも、風邪をひいて心臓に異変を感じたら、まずは受診してください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。