常識覆す新リハビリ 失語症は「磁気」で言葉を取り戻せる

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 脳卒中の後遺症のひとつが、言葉が出てこなくなる、書く・読む・話す能力が著しく落ちる「失語症」だ。この失語症の新リハビリが注目されている。

 失語症を含む脳卒中の後遺症に対し、画期的なリハビリを行っているのは、東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座の安保雅博教授だ。磁気刺激を利用したもので、世界的にも注目を集めている。2009年以降、脳卒中の後遺症に悩む3000人以上の患者に実施した。

■2週間で言葉がスムーズに出てくるように

 現在35歳のシステムエンジニアの男性は、32歳の時に脳梗塞を起こした。失語症の後遺症が見られ、SEの仕事から離れざるをえなくなった。リハビリを開始したが、うまくいかない。2年後、安保教授のリハビリを知り、転院。治療開始前、4コマ漫画を見て、その背景を説明するテストを受けた。

 たとえば「飛んでいた鳥が→小さな島を発見→降りようとしたらクジラの背中だった」といった簡単なものだ。ところが、失語症であるためにイメージをうまく頭に思い浮かべられず、言いたいことを言葉に表せない。

 安保教授のリハビリは2週間、入院して行われる。2週間後、同じ4コマ漫画のテストを受けると、治療前と一転し、オチのあるストーリーとして話せた。明らかに変わったのは、言葉がスムーズに出てくるようになったこと。磁気刺激と集中リハビリを12回(2週間×6回)受け、今では再就職して社会復帰を果たしている。

 安保教授のリハビリでは、磁気刺激を脳に与え、正常な働きを取り戻す手助けをする。

 磁気刺激を与える方法は、急性期と慢性期で変わる。脳卒中を起こしてしばらくの急性期では、「損傷した脳」に磁気刺激を与え、正常な働きを取り戻す手助けをする。ところが時間が経つと、脳は左右がバランスを保って機能しているので、右脳が損傷を受けた場合、左脳が右脳の働きを補うようになる。

「一般的には、健康な側の脳が損傷を受けた側の脳を『助ける』と考えられています。しかし私は、健康な側の脳の働きが強くなり、損傷を受けた側の脳を『抑制する』と脳機能画像の結果から考えたのです。そのため脳卒中から時間が経って後遺症が慢性化した場合は、『健康な側の脳』に刺激を与えて働きを弱め、損傷を受けた側の脳が正常な働きを取り戻せるようにします」

■磁気刺激で話せる能力を改善

 当初は上肢のマヒを持つ患者で実績を挙げた。上肢のマヒは下肢と違って回復が難しいとされ、「発症後6カ月以上は回復しない」といった“常識”もあるが、それらを覆した形だ。そして最近力を入れているのが、失語症への磁気刺激だ。

 ほとんどの失語症は「左脳の損傷」で起こる。だから普通に考えれば、健康な側の右脳に低頻度磁気刺激を与えることになるが、安保教授の研究では、失語症の改善においては、患者によって左右どちらが適しているか異なると判明した。

「MRIで左右どちらの脳のどの部分が、失語症の改善に有用な役割をしているかを見極め、その部分の働きがよくなるように脳へ磁気刺激を与えます。この点が上肢の場合と異なります」

 最初は損傷側の左脳に低頻度磁気刺激を与え、リハビリが進むにつれ、健康な側の右脳への低頻度磁気刺激が適切になるケースも多々見られた。

「少しでも改善される人は、約8割です。話せる能力が改善すれば、再就職できる可能性が高くなります」

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