Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

緩和ケアには最新分子標的薬並みの「延命効果」がある

我慢強さは捨てるべし
我慢強さは捨てるべし(C)日刊ゲンダイ

 我慢強さは、日本人の美徳といわれます。しかし、これが病気の治療、特にがん治療では、邪魔になることが少なくありません。今回は、がんの痛みの治療と心のサポートに関係する緩和ケアについて紹介します。

 厚労省は、終末期のがん患者の実態を調べるため、初めて遺族を対象とする大規模調査を行う方針を打ち出しました。終末期の治療や緩和ケアについては、患者への聞き取り調査が難しいためで、どんな治療や緩和ケアを受けたか、満足度などを聞くといいます。

 なぜ、このような調査が行われるかというと、緩和ケアが十分行われずに苦しんで亡くなる患者が少なくないためです。がん治療は、47都道府県にある約400のがん診療拠点病院が担っています。ところが総務省の調査では、その拠点病院でさえ痛みを和らげる専門医が常駐していないなど、7割が緩和ケアを行う医療体制が不十分だったのです。

 がん患者の6割は、がん診療拠点病院で治療を受けます。現状は、緩和ケアは心もとないといわざるを得ませんが、だからといって患者は決して痛みを我慢してはいけません。緩和ケアは、余命をも左右することが明らかなのです。

 転移のある肺がん患者151人を対象に、「通常の抗がん剤治療を行うグループ(74人)」と「抗がん剤と緩和ケアを併用するグループ(77人)」に分けて症状や生存期間を比較した研究があります。その結果、緩和ケアグループは、通常グループに比べてうつなどの精神症状が有意に少なく、生活の質が保たれていた上、生存期間が3カ月勝っていたのです。

「3カ月」は大したことないと思われるかもしれませんが、最新の分子標的薬でも延命効果は3カ月程度。緩和ケアの効果は特筆ものです。

 その素晴らしい効果を十分得るには、がんと診断されたらすぐに治療と並行してケアを受けることが大切。研究でも、緩和ケア併用群は、治療開始から3週間以内に緩和ケアチームが面談。その後は月に1回以上、痛みの治療や精神的なケアを行っています。

 何度も言います。がんの痛みの苦しさも、精神的なつらさも、我慢することはないのです。緩和ケアの外来や専門医が不十分だとしても、麻酔科やペインクリニックには痛みの治療を行う医師がいますし、精神科には精神科医がいます。患者や家族は、主治医や看護師につらい症状について相談することです。

 2年前、トヨタの米国人役員が麻薬取締法違反で逮捕されました。米国から医療用麻薬を密輸したためです。医療用麻薬というと、日本人は“麻薬”の恐怖感から避ける傾向があります。しかし、逮捕容疑となった薬は、米国では歯痛や腰痛、生理痛など慢性の痛みに広く使われるありふれた鎮痛薬です。

 そこからも分かるように、医療用麻薬をイメージで避けることはありません。日本でも、使える薬を適切に使う限り、安全に治療できます。がん治療についていえば、我慢強さは捨てるべきです。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。