がんと向き合い生きていく

治療は日々進歩 75歳未満の「がん死亡率」は減っている

(C)日刊ゲンダイ

 医師になって46年間、がん診療に携わってきました。おそらく、抗がん剤治療に関わった患者さんは約2万人、実際に自分で最期をみとった患者さんは2000人以上に及ぶはずです。

 まだ患者さんにがんを告知しなかった時代に、20代で大腸がんが再発したことを両親を説得して告知。その後、抗がん剤治療で完治し、結婚して幸せな家庭を築いている患者さんがいます。抗がん剤治療の前に精子を保存し、治療中に奥さまが女児を出産。これを励みに病気を克服された患者さんもいました。親も子もがんとなり、担当させていただいた方もおられます。

 こうした多くの患者さんから、がんという病気、そして「人間は生きたいんだ」ということ、「生きるを支える医療」を教わりました。いまや2人に1人はがんにかかるといわれる時代です。がんとどう向き合い、負けずにどう生きるか、一緒に勉強していきましょう。

 まずは、「がんの死亡者数が増えている」という現状についてお話しします。

 1981年以来、35年間もずっとがんは日本人の死亡原因の第1位で、全体死亡者の約30%を占めています。2015年は37万346人ががんで亡くなっていて、これは前年に比べ2243人増加しているのです。

 また、2016年に新しくがんと診断された方は100万人に及んだそうです(対がん協会報)。

「患者よ、がんと闘うな」などの著者として知られる近藤誠医師は、「日本では、がん患者は増え続け、がんによる死亡者も増え続けている。検診でがんが発見され、早期治療が功を奏するなら、なぜ、がん死が減らないのだろうか」と言っています。だから、検診は受けるな、治療も受けるなと言います。これは大きな誤解です。

 2006年、民主党(当時)の山本孝史議員が参議院本会議でがんにかかっていることを公表して「自分には時間がない」と訴え、がん対策基本法が全会一致で成立しました。策定された10年計画の目標は2つ。①「がんの年齢調整死亡率(75歳未満)の20%減少」、②「すべてのがん患者及びその家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の向上」です。

 それから10年が経ち、それでもがんの死亡者数は増えてきています。この計画は無効だったのでしょうか? そうではありません。“中身”を見ればそれがわかります。

 ①「75歳未満のがん患者の年齢調整死亡率を10年間で20%減らす」とした目標は、17%減まで達成できています。20%減のために掲げた「喫煙者の半減」と「検診率50%達成」はいずれも到達できていませんが、それでも75歳未満の死亡率は減っているのです。では、なぜ死者数は増えているのでしょうか。実は、この10年間で75歳以上の人口が急激に増え続けたことによって75歳以上のがん死亡者が増え、結果としてがん全体の死亡者の増加となったのです。

 たとえば、全国の約10分の1の人口を占める東京都では、2014年のがん死亡者の56.8%が75歳以上です。国や都道府県などでのがん対策は、75歳未満ではある程度功を奏してきたのですが、超高齢社会となって、全体のがん死亡者は増えてきた結果となったのです。

「高齢になるとがんが増える」原因は、長生きするとがんになる遺伝子異常が起こる可能性が増えるからです。また、遺伝子異常が起きてもそれをチェックし、打ち消す免疫能が低下することも一因です。

 これまで、75歳以上の人口が急速に増えることについて予想はされていましたが、そのがん対策についてはなかなか触れられてきませんでした。増加する75歳以上の高齢者のがん対策をどうするか、高齢者の検診率を増やせるのか。また、がんが見つかっても、体力的に手術や抗がん剤などの治療が難しかったり、治療を希望されない患者さんがいるなど、高齢者ならではの個々の問題があります。

 がん死亡者が増えていることは、「検診によるがんの早期発見がムダ」とか「治療がムダ」ということではありません。

 この10年、がん治療が進歩していないということではないのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。