天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓手術は人工透析患者より中途半端に腎臓が悪い方が難しい

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓手術をする際、外科医が一番気を使うのが腎臓だということを前回お話ししました。「心腎連関」という言葉があるほど心臓と腎臓は互いに深く関わっていて、心臓が悪い患者さんは腎機能が衰えているケースも少なくありません。そのため、心臓の手術をした影響で、腎臓の状態が悪化してしまう可能性があるのです。

 腎臓が悪い患者さんの心臓を手術する場合、完全に腎臓が悪くなってしまっている人工透析の患者さんよりも慢性腎臓病の2期や3期といったように「腎臓自体が薄くなって傷み、腎機能がどんどん悪化している段階」の患者さんの方が、結果が悪くなります。これは、研究論文でも報告されていますし、手術を長年行ってきた自分の経験からも明らかです。

 高血圧から腎機能が衰えている人もそうですし、糖尿病から糖尿病性腎症になってしまっている人はことさら良くありません。GFR(糸球体濾過量)の数値で見た場合、おおまかに70以上は正常の範囲で、60~70が軽度、30~50が中等度、10~30が高度、10未満は人工透析が必要な最重症な末期腎不全になります。この中等度から高度に該当する患者さんは要注意なのです。腎機能が完全にダメになって人工透析を受けている患者さんは、それ以上、腎臓は悪くなりません。そのため患者さんに与える手術のダメージについては、腎臓以外のことだけを考えればいいケースが多いのです。

 しかし、腎臓が中途半端に悪い状態の患者さんは、心臓手術をきっかけにして腎臓がさらに悪化し、人工透析になってしまう可能性があります。手術中は、血圧が大きく変化したり、使用する薬などによって、腎臓に大きなダメージを与えてしまうことがあるからです。手術をきっかけにして人工透析になってしまうと、心臓は良くなったとしても心身のダメージが非常に大きい。一体、何のために心臓の手術をしたのかがわからなくなってしまいます。

■自覚していない人も多い

 そうかといって、心臓の治療を手控えれば、腎臓の悪化がさらに加速してしまいます。そのため手術をする側は、さらに細心の注意を払わなければならないのです。

 腎臓に合併症がある患者さんには、負担がかかるような薬はなるべく使わないようにしますが、それでもどうしても使わなければならないケースもあります。その場合、術中に特殊な透析装置を使った「CHDF」と呼ばれる持続血液透析濾過を行い、腎臓にダメージを及ぼす物質を除去して保護しながら、手術がソフトランディングできるようにします。それくらい、気を使わなければならないのです。

 腎臓が中途半端に悪い患者さんよりも、人工透析の患者さんの方が治療を組み立てやすいのは、手術以外にも当てはまります。たとえば、抗がん剤治療や、利尿剤や抗生物質を使う薬物治療も同じです。人工透析の患者さんは、透析を受ける際に薬剤の管理ができますし、腎臓の状態もコントロールしやすいといえます。人工透析は患者さん本人にしてみればもちろんつらいのですが、医師から見ると管理しやすいのです。

 一方、慢性腎臓病の状態でギリギリ耐えてきたような患者さんは、うまくコントロールできていない状態を長く続けてきたことになります。腎機能が衰えている上に、他の病気の治療によって、さらに悪化する可能性が高くなってしまいます。

 しかも、腎臓が中等度くらいに悪い患者さんは、悪い状態だという自覚がない場合がほとんどです。完全に尿が出なくなってしまって、人工透析を受けなければ尿毒症で亡くなってしまうようなレベルであれば、本人も深刻に受け止めます。しかし、中等度の患者さんは1日に1500㏄くらいの尿が出ていて、食べ物に多少気を付けるぐらいの食事指導を受けている程度といったケースが多いので、それほど重症には考えていないことが少なくないのです。

 腎臓疾患はそれ自体も深刻な病気ですが、血圧のコントロールを悪くしたり、動脈硬化を進めたり、心臓も衰えさせます。他の臓器の治療にも悪影響を与えます。「腎機能が悪い」と指摘されている人は、しっかり管理する必要があります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。