数字が語る医療の真実

前立腺がんはがん検診に向いていない

 この連載を読んでいる人は男性が多いでしょうから、乳がんでなく、男性のがんについて取り上げてほしいという意見もあるでしょう。そこで今回は、前立腺がんです。

 前立腺がんは、高齢者により多く、最も進行の遅いがんの一つです。さらに、病院で亡くなった人を解剖して調べてみると、20%以上の人でその人の生死には関係のない前立腺がんが見つかります。

 こうした前提条件からすると、前立腺がんは、そもそも最もがん検診に向かないがんであることが分かります。たとえば、高齢になってから前立腺がん検診で見つかったがんは、放っておいてもその人の生き死にに関係なく、そのがんが進行する前に別の病気で死んでしまう可能性が高いからです。

■「早く見つける方がいい」とは言えない

 また、「50歳、60歳で見つかれば、意味があるのでは」と考える人もいるかもしれません。

 しかし、50歳で見つかった早期前立腺がんは70歳になっても大して進行していない場合も多く、検診でがんが早期発見されたばかりに、50歳からの20年を前立腺がんとともに暮らさなければいけないという“負の部分”もあるのです。

 もちろん、120歳まで生きたいという人にとって、80歳でも前立腺がん検診を受ける意義はあるかもしれません。また前立腺がんと一口に言っても、進行の速いものもあり、がん検診によって救われたという人もいます。

 しかし、少なくとも「早く見つければ見つけるほどいい」というような単純な考え方は、前立腺がんに対してはあまりに危険です。

 高齢者に多いがん、進行が遅いがんのがん検診は、「利益」に比べて、相対的に「害」のほうが多い可能性が高いのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。