がんと向き合い生きていく

ニボルマブは効果と副作用の予測がまだ分かっていない

都立駒込病院の佐々木恒雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木恒雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 喉頭がんと闘ってきたFさん(79歳)から、時々、病状を知らせる手紙が届きます。前回の手紙には、「新たに肺がんが見つかって化学療法を開始したが、白血球数が減り、なかなか治療は進まない。効果も明らかでない。自分は長くは生きられないだろうと思う」と書かれていました。

 その手紙から3カ月たった今回の手紙には、こう綴られていました。

「最近、『ニボルマブ』(商品名オプジーボ)を開始しました。今日は2回目の点滴を行ってきました。いまのところ副作用もない。2カ月投与してみないと効くかどうか分からないと言われています」

 私は「ニボルマブがなんとか効いてくれ!」と思うと同時に、その副作用が心配になりました。まだ、はっきり分かっていないことが少なくない薬だからです。

 先日、ある「医療者のためのがんセミナー」の企画委員が集まった際、専門医たちの間でニボルマブの話題が持ち上がりました。「薬の副作用のため、すでに数人が入院した」という話もありました。他にも「高額の医療費が問題だから、75歳以上の方には遠慮いただくという意見はどうだろうか?」「肺がんに保険適用を拡大する時に半額にすべきだったよ」など、さまざまな意見が聞かれました。

 当初、ニボルマブは患者数の少ない悪性黒色腫に適用とされ、薬剤開発費なども加味して1人当たり1年間で約3500万円、米国の2倍、英国の4倍という値段がついたようです。そして、それがそのまま患者数の多い肺がんに適用が拡大されたのです。「こんな高額な薬が次々と出たら医療保険財政を圧迫し、国の医療制度を滅ぼすのではないか?」とまで言われました。これまで、いろいろな議論が報道されていましたが、この2月にようやく臨時措置として薬価が50%切り下げとなっています。

 従来の抗がん剤は、がん細胞の核、DNA、RNAに直接作用し、がん細胞を死滅させるもので、これが正常細胞まで叩いてしまうため副作用が表れます。それに対し、「分子標的薬」はがん細胞の核を直接叩くのではなく、がん細胞の増殖を抑える薬剤として開発されました。そのため、「がん細胞にだけ働くだろうから、正常細胞には影響は少ない」と考えられましたが、実際には思わぬ副作用も見られました。

 そして、ニボルマブは、これまでのがんに対する薬とは全く違う「免疫チェックポイント阻害薬」というもので、正常細胞に働く薬です。そのことから、副作用が心配されており、「緊急時に対応できる医療施設で、がん化学療法の経験豊富な医師のもとで行われることが必要である」とされています。

 ニボルマブはリンパ球のT細胞にあるPD-1分子を標的とした抗体薬で、「がん細胞の免疫逃避を阻害する(免疫チェックポイント阻害)ことにより、T細胞を活性化し抗腫瘍効果が得られる」とされています。長年、期待外れだった免疫療法において固形がんに対して初めて有効性が示されたとあって、非常に期待されており、他のがんでも臨床試験が行われています。

 海外の臨床試験では、非小細胞肺がんに対して、ニボルマブ群は従来の抗がん剤群を上回る成績でした。しかし、ニボルマブの問題は、肺がんの中でも高い確率で効く条件という効果の予測、そして、副作用の予測がしっかりと分かっていないことです。

 たとえば、「ゲフィチニブ」(商品名イレッサ)という分子標的薬は、当初、肺がんでも、どんな条件の患者に有効か分からないまま投与されました。その結果、肺障害でたくさんの患者さんが亡くなり、裁判まで起こりました。

 その後、たばこを吸っていない人、女性、東洋人らに有効な方が多いことが分かりました。さらに、がんの遺伝子異常(EGFR遺伝子変異)がある場合は70%以上の方に有効であることが分かってきて、肺がんの中でも適用となる患者さんの条件がはっきりしたのです。

 ここにきて、ニボルマブと同じような免疫チェックポイント阻害薬も開発されてきています。どのような条件が揃えば高い有効性が得られるのか? 副作用が少なくて済むのか? 早く解明されてほしいものです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。