医師語る 「こんな病気で死にたい」

仕事の合間に女性の谷間に顔をうずめて突然死したい

帯津三敬病院の帯津良一名誉院長
帯津三敬病院の帯津良一名誉院長(提供写真)
帯津良一(帯津三敬病院名誉院長)

 私はどちらかというと仕事が好きだから、仕事中に将来への展望を持ちながら死んでいきたいですね。

 病院の外来の広い廊下を急いで歩いている。目の前には看護師が歩いている。私に突然、心疾患が起こる。彼女が気配を感じて振り向き、手を差し伸べてくれる。私はその手の中に倒れこみ、彼女の胸の谷間に顔をうずめ、死ぬ――。

 仕事中であり、ほっとする状況というのが理想的です。女の人の胸の谷間が好きだし、ほっとする。年を取ると、若いころと違った意味で女性を好きになりますね。一緒に酒を飲んだり、別れ際にハグしたり、ささいなことでも女性が絡んでくると楽しい。

 生きることは、人間の尊厳を全うすること。人間の尊厳とは、「攻めの養生」を果たしていくこと。そして攻めの養生とは、病を未然に防いで天寿を全うする従来の養生ではなく、日々命のエネルギーを高め、死ぬ日を最高にして、勢いをかって死後の世界に突入する積極的な養生のこと。

 死ぬまでに生と死を統合し、どっから生でどっから死かわからないようにできればいい。もしできなければ、あの世でやればいい。

 人間の尊厳は人それぞれ違っています。がん治療の現場に身を置き50年以上、治したり癒やしたりは実は方便で、医療の真の目的は、「患者さんが人間としての尊厳を保ち続けるサポートをすること」だと考えています。

■帯津三敬病院設立までの道のり

 きっかけは、東大病院、都立駒込病院で外科医として治療を行う中で、外科や西洋医学の限界を感じたことでした。

 食道がんの手術が主でしたが、優秀なスタッフや最新の治療機器をそろえ、手術が成功しても、再発して病院に戻ってくる患者さんがいる。外科手術では目に見えるリンパ腺は取れるが、細胞レベルのがん細胞は区別がつかない。局所だけ見る医学ではなく、心や命に配慮できる医療体系が必要だと考えたのです。

 それを実現させるために帯津三敬病院を設立し、患者さんの顔を見て治療法を組み立てるようにすると、今度は病状の推移と心とに密接な関係があると気付きました。

 心といっても、明るく前向きに、ではない。一人で生まれ、一人で死んでいく人間は皆、「生きる悲しみ」を持っている。その生きる悲しみを医師は敬い、患者さんの意向をよく聞いて、その人に合った治療計画を立てなければならないという考えに至りました。

 ところが最近の医療は、最新医学や治療成績にとらわれすぎ。生きる悲しみに寄り添い、人間の尊厳をサポートする部分が抜け落ちています。

 ある患者さんは何年も抗がん剤治療を受け、へとへとになって私のところに来ました。「よく頑張ったね」と言うと、「大変でした」とうなずきながら、こんな話をしてくれたのです。

「主治医に『抗がん剤をいつまでやるんですか』と聞くと、『死ぬまで』と言われました。そういう言葉が日常茶飯事で……」

 明日のことはわからず、新しい治療法が登場するかもしれない中で、「死ぬまで」というのは、医師として非常に悲しい言葉だと思います。

 抗がん剤を拒否する患者さんも少なくありませんが、抗がん剤自体に対する嫌悪感より、冷たい言葉を平気で投げかけてくる医師や、ほっと温かい気持ちになれないシステムに耐えられないからでしょう。

 人間は必ず死ぬのであり、どんな治療も生命を永遠に延ばせるわけではありません。戦争に例えれば、武器だけの戦いではなく、武器を使う司令官、兵士、参謀などさまざまな要素が集まり、効果を上げていく。治療効果を最大限に延ばすには、医療スタッフが患者さんへ寄り添い、ほっとした気持ちでいてもらうことが不可欠だと思うのです。

▽おびつ・りょういち 1936年生まれの外科医。東大医学部卒業後、同大医学部第三外科医局長、都立駒込病院外科医長を経て、82年川越市に帯津三敬病院、2004年池袋に帯津三敬塾クリニックを開設。西洋医学と東洋医学を結合したホリスティック医学を実践。近著に「Dr帯津のこれが究極の長寿法 100の知恵」。