がんと向き合い生きていく

一瞬、答えに窮してしまったすい臓がん患者さんからの質問

都立駒込病院の佐々木恒雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木恒雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 先日、田舎に住むDさん(82歳)に会ってきました。以前、進行した膵臓がんの手術を受けた患者さんです。

「手術から5年経った今も元気です。主治医からは『CT検査で再発はない。もう治癒と言っていいでしょう』と言われました」

 とてもうれしそうでした。Dさんからは、「手術後に毎年受けているCTなどの定期検査で再発がなかった」とのお話を電話で聞いていましたが、実際にお会いして心からホッとすることができました。

 入院された時、親戚中の誰もが「きっとDさんが一番早く亡くなるだろう」と思ったようです。入院中は「これが最後になるかもしれない」との思いから、兄弟、甥、姪といった方たちがたくさん見舞いに訪れていました。甥や姪たちは、膵臓がんでたちまち亡くなってしまった上司のお話をしていたそうです。それでもDさんは、化学療法、放射線治療の後で手術を受け、さらに2年間の内服化学療法を行い、再発もなく5年を経過したのです。

 思えば、15年以上も前のことですが、私はある市民健康講話で「がん医療・最新情報」をテーマに講演したことがありました。その時は、さまざまながん治療の話をし、膵臓がんについては「とても難治性で、まれにかなり早い時期に見つかった場合は手術で根治もあるが、多くは進行してから見つかり、手術成績も悪い。内科的な治療は、せいぜい黄疸を取る処置(胆汁が流れるような処置)くらいで、抗がん剤治療もなかなか期待できない」といった厳しい現状に触れました。

■膵臓がん早期発見で5年生存率向上の報告も

 そんな講演と、来場者からの質問の時間が終わり、帰ろうとしたときのことでした。会場の出口付近で、痩せたか弱い感じの老婦人が私のそばに寄って来られました。そして、「私は膵臓がんと言われています。主治医から勧められて抗がん剤を飲んでいます。今日の先生のお話では、これは効かないということでしょうか?」と、私にたずねるのです。

 まさか、膵臓がんで抗がん剤治療をされている方が講演を聞きに来ているとは考えていませんでした。当時、患者さんへのがん告知は行われるようになっていましたが、その多くは現在のようにすべてをストレートに話している状況ではありませんでした。その老婦人が担当医からどんな説明を受けているのかも分からず、私は一瞬、答えに窮しました。

 ひとまず2人で会場を後にして、一緒に歩きながら、講演はあくまで一般的な話であることなどを説明しました。そして私の連絡先を伝え、近くの駅で別れたのを覚えています。

 その後、老婦人からの連絡はありませんでした。いま飲んでいる抗がん剤が「効かない」と聞かされたら、どんな思いになられたか? 老婦人にはとても気の毒な思いをさせてしまいました。今も、当時の痛恨の思い出として残っています。

 現在でも、膵臓がんは難治性がんの代表です。先日も、ミュージシャンのかまやつひろしさん(78歳)が膵臓がんで亡くなられたとの報道を目にしました。最近は、新薬が開発されて治療が進んで効果が見られますし、治療法もいろいろと工夫されています。先に化学療法、放射線治療を行って、がんを小さくしたうえで手術する方法をとる病院もあります。そして、Dさんのように治癒と考えられるまで回復される患者さんも増えてきました。

 とはいえ、やはり進行した膵臓がんは、依然として厳しいのが現状です。膵臓は腹部とはいっても、むしろ「背部」にあり、がんが見つかりにくい場所です。胃、胆管、腹部大動脈が関係するところなので、大がかりな手術になることも多いのです。また、根治手術が不可能というところまで進んでしまった状態で見つかることも多くみられます。

 そのため、膵臓がんの早期発見に力を入れる試みもなされています。膵臓がんのリスクファクターとされている因子(家族歴、糖尿病、膵炎、膵嚢胞、喫煙、大量飲酒、肥満など)を複数持っている方には積極的に受診を勧め、超音波診断などでスクリーニングします。そして、所見のある方は基幹病院で専門的な検査を行います。早期の膵臓がんを発見することができて、5年生存率が向上したという報告もあります。

 さらなる診断・治療の進歩が期待されます。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。