天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

海外旅行を楽しむなら「3つの薬」を持参すべき

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 最近の日本では、海外旅行に出かける人が再び増え始めています。昨年は約1700万人が渡航したとされています。

 患者さんの中にも、海外旅行を楽しんでいる方がたくさんいらっしゃいますが、そんな時、よく質問されるのが「普段から服用している薬」についてです。

 心臓の手術を受けたことがあったり、慢性的な心臓疾患を抱えて定期的に診察を受けているような患者さんは、毎日、何種類も薬を服用している方がほとんどです。とくに高齢者になると、10種類以上の薬を飲んでいるケースも少なくありません。そうした患者さんが1週間近く海外旅行に行く場合、すべての薬を持っていくとなると相当な量になります。中には、山ほど薬を持参しなければならないのが面倒だからという理由で、海外旅行を断念している患者さんもいるでしょう。

 そうした患者さんが、なるべく海外まで持参する薬を減らせるよう、最低限これだけは持っていかなければならない薬を3つピックアップします。

 一番重要なのが①「抗血小板薬/抗凝固薬」です。どちらも血液をサラサラにする薬で、血栓ができるのを防ぎます。前者はアスピリン、後者はワーファリンが知られています。狭心症、心筋梗塞、心房細動の治療を受けている人や、弁膜症で人工弁置換術を受けた患者さんにとっては、欠かせない薬です。

 仮に現地で薬がなくなってしまうと、危険な状態に見舞われる可能性もあるので、血液サラサラ系の薬は忘れずに持参してください。

 2番目に挙がるのが血圧を下げる②「降圧剤」です。高血圧は、心筋梗塞、心不全、不整脈、大動脈瘤、閉塞性動脈硬化症といった心臓疾患の大きな危険因子です。海外では環境が大きく変わって血圧も変動しやすくなるので、しっかりコントロールすることが重要になります。

 3番目は、血糖やコレステロールを下げる③「代謝を改善させる薬」です。高血圧と並んで、高血糖、高コレステロールは、心臓疾患の重大な危険因子です。旅先で心臓疾患が発症したり、悪化させないためには、やはりきちんと薬を飲む必要があります。

 最低限、この3つの薬を押さえておけば、大きなトラブルを起こすことなく、海外旅行を楽しめるでしょう。

■日本時間に合わせなくてもいい

 もうひとつ、患者さんが海外旅行で頭を悩ませるのが「薬を飲む時間」です。海外は時差があるので、「いつ飲んだらいいのかわからない」という患者さんが多いのです。普段通り、日本時間に合わせて飲もうとすれば、現地では真夜中になってしまう場合もあります。これは、さすがに難しいでしょう。私が患者さんにおすすめしているのは、次のようなパターンです。

 1日1回、朝食後の朝8時に薬を飲んでいる場合、日本から夜に飛行機で出発して、現地に到着したらお昼になっているというケースがあります。現地に到着するまでは、いつも通り日本時間の朝8時に薬を飲む。その後、現地に到着して時計を現地時間に合わせたら、次に迎える現地時間の朝8時の服薬はパスして、その翌日の朝8時から服薬を開始します。帰国の際は、まったく逆のパターンで戻せばOKです。

 15~18時間ほどズレてしまいますが、大きな問題はありません。薬を飲んでいない時間が長くなってしまうことよりも、「飲み過ぎ」によるトラブルを防ぐことが重要だからです。

 降圧剤を飲み過ぎて血圧が下がり過ぎれば、頻繁に立ちくらみを起こしたり、動悸や脈拍数が増加してしまいます。血糖を下げる薬を飲み過ぎてしまうと、低血糖を起こして昏睡状態になる危険もあります。

 とりわけ、危険なのが血液をサラサラにする薬の飲み過ぎ=効き過ぎです。出血しやすくなる上に血も止まりづらいので、脳出血を招く可能性もあります。これまで薬を飲んでいて、過去に歯茎から出血して止まらなくなったり、鼻血や痔による酷い出血を起こしたことがある人は、とくに注意が必要です。日本から病院で処方されている薬を現地に持参する場合、基本的には1カ月分の量を持ち込むことができます。また、持参薬の内容を証明する「薬剤携行証明書」や、処方箋のコピーがあると安心です。海外旅行に行く際は、担当医に相談してみてください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。