万引犯のニュースを見て「なぜあの人が!」と思ったことはないだろうか? 社会的地位が高かったり、経済的に余裕があったり、万引と本人が結びつきにくい……。そんな場合は、ある病気が関係した万引かもしれない。
話を聞いたのは、大田区にある大森榎本クリニックの斉藤章佳氏(精神保健福祉士・社会福祉士)。「クレプトマニア」(窃盗症)への専門治療を行っている。
クレプトマニアは依存症の一種。依存症ではアルコール依存症や薬物依存症などが知られるが、それらは物質に依存する「物質依存」で、クレプトマニアは行為に依存する「行為・プロセス依存」になる。
「自分の意志の力では窃盗行為をコントロールできない。衝動的に、繰り返し、貪欲にそして強迫的に盗んでしまう」
■「欲しいから」ではなく「窃盗のための窃盗」
「お金がないから」「どうしても欲しいから」盗むわけではない。クレプトマニアの人が求めるのは、人によって違うが、優越感や達成感で気分が変えられるなどなんらかの「メリット」だという。
斉藤氏が担当したクレプトマニアのケースには、T字カミソリばかりを盗む人がいた。しかし、その人はヒゲを剃る時にT字カミソリをまったく使わない。化粧品やトイレの芳香剤の窃盗を繰り返す人もいたが、経済的にはとても裕福だった。
「社会的損失があっても、反復して盗む。盗むものは安価で、過去に実刑を受け『もう絶対にやらない』と言っていたはずなのに繰り返してしまう。もし家族がそうなら、クレプトマニアという病気が隠れているのではないかと疑ったほうがいいかもしれません」
クレプトマニアと並んで、高齢期になって窃盗を繰り返すようになった場合、「前頭側頭型認知症」も疑われる。
認知症だが「物忘れ」などの記憶障害はあまりなく、窃盗など「反社会的な行動」が目立つ場合が少なくない。本人は罪悪感がなく、なぜ盗んでしまったか理解していない。認知症の症状ゆえの窃盗だからだ。
前頭側頭型認知症の人すべてが反社会的行動を取るわけではないが、世間に「認知症=反社会的行動」との認識が広まっていないので、「あんなことをしたのに、悪びれた様子が見られない」と批判され、実刑判決を受けることもある。
「前頭側頭型認知症であれば責任能力がないとみなされ、執行猶予判決になることもあります。当初はクレプトマニアだと思っていた人が、1審で争っているうち、話が噛み合わないことや感情のコントロールができなくなることが多々見られ、脳画像検査の結果、前頭側頭型認知症が判明したケースもあります」
クレプトマニアにしても前頭側頭型認知症にしても、生活の中で注意深く接していないと分かりづらい。同居している家族ですら、気づきにくい。窃盗で繰り返し刑罰を受けている人の中には、クレプトマニアや前頭側頭型認知症がかなりの数、含まれているのではないかとの指摘もある。
「クレプトマニアの場合、環境が変わって病的な窃盗行動がいったん収まるかもしれません。しかしまた再発(リラプス)する可能性は高く、再び短いスパンで繰り返す。専門医療機関によるクレプトマニアの治療が不可欠です」
前頭側頭型認知症は脳の変性が原因で、自然に治るものではない。やはり、生活支援を中心とした治療が必要だ。
なお、未成年の頃から窃盗を繰り返す場合は、自閉症スペクトラム障害や摂食障害など別の原因も考えられる。
万引は犯罪だ。病気だから許されるということではなく、病気が隠れているケースを見逃さず、その場合はきちんとした治療を受けることが大切なのだ。