「多死社会」時代に死を学ぶ

亡くなる人の食事 老衰死の人は1週間前に食べなくなる

 厚労省の死亡診断書記入マニュアルによると、「『老衰』とは高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合のみ用いる」とある。

 では、老衰で亡くなる人の食欲はどうなっているのか? 800人をみとり、現在3つの在宅療養支援診療所などを率いる医療法人「アスムス」理事長の太田秀樹医師が言う。

「よく、自宅介護している家族から、『寝たきりの父親が食べなくなった。このままでは栄養失調で死んでしまうのではないか』という質問を受けます。一時的に体調が悪くて食欲がなくなることはありますが、亡くなる前、人は食べなくなります。それは『食べたいのに食べられない』のではなく、『食べる必要がないから食べたくない』のです」

 老衰で亡くなる人は、徐々に食が細くなり、亡くなる1週間前にはほとんど食べなくなることが知られている。かつては、そういう状態になるとコップ一杯の水だけを患者の枕元に置き、死を待つ地域もあった。

「この状態になると『食事をしないと元気にならない』『水分をとらないと死んでしまう』と考えて、病院に運び込んで胃瘻や点滴をしてしまう人がいます。しかし、この段階では、いくら栄養や水分を体内に送ってもそれを吸収する力が体に残っていません。死ぬまで栄養分や水分を送り続けることは、亡くなる人にツライ思いをさせるだけなのです」

 介護施設などによっては、食べなくなる直前まで、普通食以外にミキサーで食べ物を砕いて食べやすくしたミキサー食を用意したり、ソフトクリームをなめさせるなど“食べ方”の工夫をしている。

「それも重要ですが、楽しく食べさせることも大切です。ひとりで食事をする孤食が一番いけない。食事を楽しくすることが一番の(健康)長寿の秘訣であり、生きる力になります」

 では、老衰に向かう人への食事はどう考えればいいのだろうか?

「残念ながら死に向かう人に対する栄養学というものは確立しておらず、食べなくなってからどうするか確立された方法はありません。そもそも高齢者に対する医学データはいい加減で、90歳以上の高齢者の必要摂取カロリーすら、わかっていません。従来の栄養学は健康な人を対象にしています。そこから外れた人のデータはありません。長生きしている高齢者は、その集団の中では『異常な人』であり、そのデータは存在しないのです」

 一方で、医学は「病人」=「異常な状態」を相手にしているのであって、「高齢で死ぬ」=「正常な状態」は研究の想定外なのだという。

「結局、長生きしている高齢者は、長寿遺伝子を持っている人であり、いまある標準化されたデータは役に立ちません。その意味で、亡くなる人の役に立つデータというのはこれからなのです」