Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

扇千景さんは切除手術 非浸潤性乳管がんなら“待機”もあり

扇千景さん
扇千景さん(C)日刊ゲンダイ

「(脇のあたり)触ったら、何かある」――テレビのトーク番組で乳管がんを告白した女優・扇千景さん(83)は、セルフチェックが発見のキッカケだったようです。その後の検査で乳腺にがんが見つかり、部分切除手術を受けてから、25日間の放射線治療を受けたと語っています。

 乳がんの大半は、乳腺で作られた乳汁(ミルク)を乳頭まで運ぶ乳管表面の上皮から発生。乳がん細胞が、一層の乳管上皮内にとどまっている場合を非浸潤性乳管がん(DCIS)、乳管を包む基底膜を破って外に出ているものを浸潤性乳管がんと呼びます。扇さんがどちらのタイプか分かりませんが、その見極めが重要です。

 マンモグラフィー検査(マンモ)の普及で、DCISと診断される女性は増加傾向にあります。DCISの腫瘍は乳管内に潜み、小さ過ぎて、症状はほとんどなく、触っても分からないことが大半。扇さんはやや大きくなっていたのかもしれませんが、そんな微小病変を見つけるのがマンモです。

 米国では、1970年代後半にマンモが通常の定期検診になるまで、DCISは1%以下。日本でもマンモが普及し、小さな石灰化の段階(微小石灰化)で発見されるようになり、今では新規乳がんの診断は、4分の1がDCISです。

 では、何が問題か。DCISは、上皮の外にがん細胞が浸潤していませんから、リンパ節や遠隔転移の可能性はありません。通常の「部分切除+放射線治療」、乳房全摘術までもが選択されることがありますが、「死に至る病気」ではないのです。DCIS診断後20年以内の乳がん死亡率は3・3%で、がんではない一般集団の死亡率とほぼ同じ。治療による延命効果はほとんどありません。一番大きなリスクは「過剰治療」なのです。

 仮に扇さんがDCISだとした場合、治療によって、乳房内の再発が抑制される可能性はあるものの、(生きているかどうかは分かりませんが)20年後、すでに低い死亡リスクがさらに低くなることはないと考えられます。

 それでもDCISに過剰治療が行われるのは、わずかな割合で病変が浸潤性になるという懸念から。それでDCISと診断された女性のほぼ全員が、何らかの治療を受けているのです。

 この状況は、男性の前立腺がんと似ています。検診で発見された早期前立腺がんの一部は、進行が遅く、治療せず放置しても問題ないケースがあることが国内外の研究で明らかになり、「待機療法」も一般的になっています。DCISも同様の考え方が広がる可能性があるのです。DCISという「がんもどき」は、その名称から「がん」という言葉を外すべきだという議論もあるのですから。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。