がんと向き合い生きていく

「遺伝する」とはっきり分かっているがんは、ごくわずか

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 先日、知人女性からこんな相談がありました。

「がんは遺伝するのでしょうか?父も父の兄弟もがんでした。母の親戚にも、がんで亡くなっている人がいるのです。友人に『あなたの家は、がん家系ね』と言われました。私もがんで死ぬのでしょうか? 婚約する前に、相手に言わなければならないでしょうか?」

 2人に1人はがんになる時代ですから、親戚にがんの方がいない方がまれかもしれません。確かに、遺伝するがんはあります。しかし、はっきり遺伝するがんと分かっているのは、がん全体のごくごくわずかにすぎません。

 たとえば、家族性の乳がん・卵巣がんになりやすいといわれる遺伝子があります(遺伝性乳がん・卵巣がん症候群‥BRCA1/BRCA2遺伝子)。この遺伝子を持っている場合、がんになる確率が高いことが分かっています。そのため、ハリウッドの有名な女優さんが乳がん予防のために両側の乳腺を手術で取ってしまったことが数年前に話題になりました。

 もしこの遺伝子を持っていると分かった場合、専門医による定期的な検診が勧められています。さらにこの場合は、卵巣がんになる確率が高いことと、卵巣は骨盤内にあってがんの早期発見が難しいことから、子供を生み終えた後、がん予防のために手術で卵巣を取る医療が日本でも行われるようになってきました。この遺伝子は、男性の乳がん、前立腺がんとも関係するようです。

■治療薬が効くかどうかを調べる遺伝子検査も

 ほかに、遺伝するがんには、全大腸がんの1~3%、遺伝性内分泌腺腫瘍などのまれながんがあります。

 たくさんの遺伝子検査の集積で、このような病気が分かってきました。家族歴などから「がんが多い家系」があることを考えると、まだ見つかっていない遺伝子がある可能性もあります。

 遺伝するがん遺伝子は、主に血液を採取して調べます。遺伝するがん遺伝子を持っていることが分かった場合、その方の医学的、心理的影響、また家族への影響などは大変なものと考えられます。

 そこで、最近は「遺伝カウンセリング」というものが行われるようになってきました。臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラーらがいて、専門的に相談できる(遺伝診療科や遺伝カウンセリング外来)病院も増えてきています。

 とはいえ、日本では“先が分かる”ことによる社会的な問題(会社雇用、保険の加入審査など)で、まだまだ解決されていない部分が多いといえます。こうした点が、日本の遺伝子検査が十分に普及していない原因の一つかもしれません。心配されている方は、がん拠点病院のがん相談支援センターに問い合わせるのも方法です。

 ただし、多くのがんは、がんを発生させる特別な遺伝子を親から引き継いで持っていることではなく、「生活習慣」や「食事」などのさまざまな原因で、遺伝子が傷つくことからできると考えられています。遺伝子が傷ついてがん細胞ができた場合でも、それを修復したり、免疫細胞が排除したりしているうちに消えてしまいます。しかし、それが修復できなくなって増え、さらに大きくなってがんが発病すると考えられているのです。

 また、紛らわしいのですが、遺伝子検査とはいっても子孫に遺伝することとは関係なく、手術などで取られたがん組織そのものの「遺伝子異常」をチェックすることがあります。その結果によって、治療薬が選択される場合もあるのです。

 たとえば、肺がんの組織で「EGFR」という遺伝子異常を認めた場合、「ゲフィチニブ」(一般名)という分子標的薬に効果がみられる可能性が高いのですが、遺伝子異常がない場合は、ほとんど効かないことが分かっています。

 最近では、他の分子標的薬でも効く可能性が高いかどうかを調べるため、治療前にその薬剤用の遺伝子診断(コンパニオン診断)をする場合があります。その結果によって、その患者さんの治療に使えるかどうかの可否を判断します。

 遺伝子検査は、さまざまな形でがんの診断・治療に活用されているのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。