「多死社会」時代に死を学ぶ

肉体は死後どのように変化するのか

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 家族がみとるベッドの枕元で、医師が3本指で脈を測り、脈の完全な停止を確認。聴診器を胸に当てて、心臓停止や目の瞳孔が散大したことを確認し、「ご臨終です」と告げる――。

 こんなシーンはひと昔前の話だ。いまは重篤患者に呼吸や心臓の動きを監視するモニター「呼吸心拍監視」装置がつけられ、精密医療機器で死亡を確認する。そのため、死亡確認の時刻にまず間違いは起こらない。それでも、「死んだ後になって、髪や爪が伸びた」といったオカルト的な話を聞く。本当だろうか。「それはあり得ないでしょうね」と一笑するのは、日本医科大学大学院研究科(法医学)の大野曜吉教授だ。大野教授は1978年、東北大学・法医学教室を皮切りに、一貫して法医学の道を歩んできた。

 しかし、死亡が確認された後でも、遺体は手足など肉体に触れると、まだ少し温かみを残している。大野教授の解説を交えて、心臓の停止から遺体に至る経過をたどってみよう。

「身長」「体重」などの体格、または死因などによって若干の差異があるが、一般的には、心停止が起こると脳細胞がだいたい4分ほどで不可逆的な変化を起こすという。

 血流が途絶え、やがて死後15~25分後に、体の隅々まで行き届いていた酸素も欠乏する。細胞が酸欠状態になり、「肝臓」「腎臓」「呼吸器」「消化器」など体中にある臓器の活動が停止する。

 その次に起こる肉体の変化は、これら臓器を形成している組織の死だ。その後、組織をつくっている細胞が死滅して、完全に生命を閉じることになる。

■直後は全身がゆ緩み、死斑は12時間後ピークに

 ただ、体内にはエネルギーの放出や貯蔵をし、筋肉運動を担う化合物の「アデノシン三リン酸」(ATP)が残留している。死亡直後、全身の筋肉はいったん弛緩する。弛緩すると体内から「尿」や「便」「胃液」が排出される。

「亡くなった人の鼻などに綿を詰めるでしょう。これは、体内から排出される水っぽいものを防ぐためです」(大野教授)

 それでは、死後に生じる「死斑」は、どうして起こるのか。

 血液の循環が止まると、血液は重力によって体の低い位置に沈下してしまう。これが死斑だ。死亡から数時間後、沈下した死斑が紫色になって、皮膚の表面に現れる。死後12時間ほどで最も強くなる。司法解剖などでは、死亡推定時刻を調べるのに、この死斑の変化を参考にすることがある。

 司法解剖といえば、刑事ドラマのセリフでよく登場する「死後硬直」という医学用語もおなじみだ。

「亡くなった瞬間、筋肉が緩みます。穏やかになるというのか、それからジワジワと筋肉が硬直してきます」(大野教授)

 なぜ、筋肉が硬直するのか。死亡して数時間経つと、前述した「ATP」が筋肉に収縮のためのエネルギーをゆっくりと放出しながら、次第に分解していく。この現象が「死後硬直」で、死後24~48時間続くという。