「認知症」を知るための20週間

表情乏しい人が満面の笑み 旅行に行き“ミラクル”起こそう

積極的に外へ
積極的に外へ(C)日刊ゲンダイ

 家族が認知症になると「(本人に)何かあったらいけないから」「周囲に迷惑をかけてはいけないから」などの理由から、本人の意向は関係なく、家族が「外出や旅行なんてとんでもない」となりがちだ。

 それに真っ向から反論するのは、兵庫県西宮市「つどい場さくらちゃん」の丸尾多重子さん。

「認知症だからって、家に閉じ込めておいて、どんないいことがある? 健康な人でも家の中にずっといれば息が詰まる。積極的に外へ出て、おいしいものを食べ、刺激を受ける。これによって、数々の“ミラクル”が起こります」

 そうはいっても、介護家族だけでは外出が困難。そこで丸尾さんは「お出かけタイ」と名付け、認知症の人やその家族、医療スタッフ、介護に関心があるさまざまな人で、パチンコ、居酒屋、カラオケ、花見などへ出かけ、年1回は旅行もしている。旅行先は最初は近場だったが、北海道へ距離を延ばし、ここ数年は台湾へ旅している。

「要介護5の人も数人交えての団体旅行。それはもう、賑やかですよ」(丸尾さん)

 昨年秋の台湾旅行でも、数々のミラクルがあった。その経験者のひとりがNさん。50代で認知症を発症した夫の在宅介護を始めて25年になる。

 夫は寝たきりで、旅行の2カ月前にどこかで疥癬ダニに感染。感染の拡大を防ぐため、2カ月間一歩も外出できなかった。それにより一気に体力が衰え、ミルですりつぶした食品を少量しか受け付けなくなっていた。

「このままずっと流動食になるんだろうと、覚悟しました」(Nさん)

 旅行どころではない状況だったが、ほぼ毎年旅行に参加している夫は、1年前、前回の旅行から戻ってきたその日から「また台湾行くんや」と楽しみにしていた。Nさんも、旅行をやめることは少しも考えなかった。

 荷物には夫のために、食事をすりつぶすすりこぎ、バナナ、軟らかいパンなどを用意した。

 ところが、行きの飛行機で最初のミラクルが起こった。

「機内食で出てきたレタスを、パリパリパリッと食べたんです。生野菜なんて長く食べていませんでしたから、『のみ込み、大丈夫?』と心配になったのですが……」(Nさん)

 夫は「おいしい」と満足げな表情。台湾では飲茶をはじめ、いずれの中華料理店でも旺盛な食欲を見せ、大きな春巻きもバリバリバリッといい音をさせて平らげた。

「『主人はどうせ食べられないから。残したものを食べよう』と取り皿に料理を取っても、主人がきれいに食べてしまい、私はほとんど食べられませんでした。夫のためのバナナを私が食べていたくらい」(Nさん)

 旅行から帰った後も、「食べる力」は継続。疥癬ダニに感染する前の食欲を取り戻した。

「みんなが笑顔の旅行先では、楽しい空気が伝わり食欲だって湧く。Nさんのご主人の件は、決してレアケースではありません」(丸尾さん)

 ミラクルはNさんに限らず、関節痛で歩くのにも苦労していた人がスタスタ観光地を巡ったり、表情が乏しくなっていた認知症女性が満面の笑みを見せたりもした。