筋力低下でがん死亡率上昇 「サルコペニア」をどう避ける

スクワットで筋肉を
スクワットで筋肉を(C)日刊ゲンダイ

 日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死亡する時代。いずれ自分もがんになることを覚悟する必要があるが、それに備えて健康なうちからやっておくべきことがある。筋肉量の維持だ。年を取るなどして筋肉量と筋力がどんどん低下する状態をサルコペニアと言う。歩く速度が遅くなったり、転倒・骨折の原因であることが知られているが、その状態でがん治療を受けると「死亡率が上昇する」という。産業医科大学第1外科講師の佐藤典宏医師に聞いた。

「これまでの研究で、サルコペニアがある患者さんは術後の合併症リスクが高くなり、生存率が低下することが報告されています。実際、937人の胃切除を受けた胃がん患者さんを対象にした海外の大規模なコホート研究では、サルコペニアがある患者さんでは重症の術後合併症が発生するリスクが3倍も高いことがわかっています」

 そのリスクは驚くべきもので、複数の研究によると、サルコペニアがある患者では手術後の死亡リスクが、肝臓がんで3.19倍、すい臓がんで1.63倍、大腸がんで1.85倍、大腸がんの肝転移が2.69倍も高くなると報告されている。

 なぜ、サルコペニアがあると死亡リスクが高くなるのか?

「ハッキリはわかっていませんが、考えられるメカニズムのひとつは次のようなものです。一般的に手術をすると患者は強いストレスを受けます。そのことでタンパク質の異化(複雑なものを分解してエネルギーを作り出す)が起こり、手術後1週間程度は食事ではなく骨格筋を分解することでエネルギーを得ようとするのです。このとき、タンパク質の塊である筋肉が一定量なければ、ストレスをはねのけるためのエネルギーが足りなくなり、代謝やホルモンのバランスも乱れ、最終的に体が弱ってしまうのです」

 神奈川県立がんセンターが、胃がん切除手術を受けた281例を対象に「術前」「術後7日」「術後30日」の体組成を調べたところ、体重減少中央値は手術後7日で2.1キロ、30日で1.2キロだった。この間、筋肉量をあらわす除脂肪体重も大幅に減った。

 同様な研究は他にもあり、365例の大腸がん開腹手術を対象に調べた研究では、術後10日間で筋肉量が大幅に減少し、術後10~30日の減少量よりも多かったという。

■手術後の合併症や抗がん剤副作用リスクを避ける

 筋肉量が減れば、立ったり歩いたり、食べ物を噛み砕いてのみ込んだり、呼吸をする能力さえも低下し、衰弱に拍車がかかる。

 しかも、抗がん剤の副作用も強く出る可能性がある。

「胃がん、大腸がん、食道がん、乳がんなどに使われる代表的な抗がん剤に5―FUがあります。細胞の遺伝情報を持つDNAやRNAの合成をジャマしてがん細胞を死滅させる薬です。最近の研究で5-FUの代謝に腎臓や肝臓だけでなく筋肉が関わっていることがわかってきました。サルコペニアのがん患者さんは、抗がん剤に伴う有害事象の発生頻度が高いとの報告もみられます」

 食道がんや乳がんは、抗がん剤でがんを縮小させた後で手術する「術前補助化学療法」が行われる。

 その際、サルコペニアがあると、抗がん剤の副作用が強く出るだけではなく、手術後に感染症をはじめ、さまざまな合併症のリスクが高くなる可能性がある。

 では、それを避けるには普段から何に気をつけたら良いのか?

「筋肉をつけるために肉や大豆といった良質なタンパク質、とくにロイシンなどの必須アミノ酸を取ること。欧米では食事からのタンパク質に加え、ホエイプロテインが加齢に伴うサルコペニアの予防に役に立ったという報告があります。また炎症を抑え、無駄なエネルギーを消費させないために、魚などに多く含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などを積極的に取ると良いでしょう。そして最も重要なのがレジスタンス運動、いわゆる筋トレです。スクワットやもも上げ運動、壁腕立て伏せ、ダンベル運動などがお勧めです」

 がんの最大のリスク要因は加齢だ。だからこそ中高年は筋肉づくりに励むべし。

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