明細書が語る日本の医療

前立腺がん 30年間で患者数5倍増も死者数は横ばいのナゼ

前立腺がんは高齢者に多い
前立腺がんは高齢者に多い(C)日刊ゲンダイ

 今回は前立腺がんです。男性に限れば、前立腺がんの患者数は2012年度において第3位、昨年はついにトップに躍り出たと推定されているからです。
〈表〉に示したように、新規患者数は1985年には6000人に満たなかったのが、2012年には12倍以上の7万3000人(昨年は約8万人と推定)。また死亡数は2600人から4.3倍の約1万1000人に増えています。

 とはいえこの間、高齢化がかなり進んでいます。1985年の高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は10.3%、それが2015年には26.0%に増えました。前立腺がんは高齢者に多いので、老人が増えれば患者も増えるのは当たり前。そこで、高齢化の影響を補正した「年齢調整罹患率」を使って比較を行うと、1985年の数字が12.2(男性人口10万人当たり年間12.2人が前立腺がんにかかる)、2012年が60.5。つまり高齢化の影響を除いても、患者が約5倍に増えたことになります。

 しかし、年齢調整死亡率は5.6から7.0(1.25倍)と、ほぼ横ばいです。単純にいえば、高齢者が前立腺がんにかかるリスクは約5倍に増えたものの、それで亡くなるリスクはさほど上がっていない、ということになります。

 原因は前立腺がん検診、とりわけPSA検査の普及にあることが明らかになりつつあります。PSAは血液から前立腺がんの有無を判定するスクリーニング検査です。手軽で感度がいいことから、世界中で普及し、日本でも会社や自治体の健診に広く採用されています。

■欧米はPSA検査を控え始めた

 実は前立腺がんの多くは大変おとなしく、放っておけばほとんど悪さをしないことが分かっています。しかも75歳以上の3人に1人は、これを持っているともいわれています。いわば老化現象のようなものなのです。したがってPSA検査を行えば、とりわけ高齢者で「異常」が多く見つかります。すると精密検査をしたくなり、結果として患者が急増したというわけです。年齢調整罹患率が増えても、死亡率があまり変化していないのはそのためです。

 欧米ではすでにPSA検査を控える動きが出始めており「患者」が徐々に減りつつあります。しかし、日本では逆にもっとPSA検査を普及させようとしています。受けるかどうかは、あなた自身の選択です。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。