Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【北村総一朗さんのケース】前立腺導管がん ネットの「治療法ナシ」に踊らされてはいけない

4年前に前立腺がんが見つかった
4年前に前立腺がんが見つかった(C)日刊ゲンダイ

「ショックでそのときのことは(記憶が)定かではない」

 テレビ番組に出演した俳優の北村総一朗さん(81)は、前立腺がんが見つかったときのつらさをこう語っています。4年前に見つかった腫瘍は、「前立腺導管がん」。主治医に「ステージ4なんだとかって、それだけ言われた」と動揺ぶりがうかがえますが、今では全摘手術を受け、現場復帰。2カ月に1回、経過観察で転移がないかチェックしているそうです。
発症頻度1%

 前立腺で作られた精液を尿道に伝える管が前立腺導管。そこに生じた腫瘍です。一般に前立腺にがんができると、血液検査でPSAという数値が上昇。基準値は4ng/ml以下で、10ng/ml以上でがんが疑われます。

 しかし、前立腺導管がんは、PSAが上がらないこともある上、前立腺がん全体の1%と少ないため、進行がんで見つかるケースも少なくありません。それが厄介ですが、10年生存率は80%ほど。すい臓がんや胆のうがんに比べると、治療成績は良好です。

 実は3年前、発明家のドクター中松さんも、このがんを発症。組織の悪性度は8でした。悪性度の分類は2~6が「低」、7が「中間」、8~10が「高」。性質の悪いタイプでした。

 自らも医学博士の中松さんは手術や放射線などの治療の可能性を探り、いろいろな医療機関を受診。希少がんであるがゆえ、確立された治療法がないといわれることが相次ぎ、私の外来に来られたのです。

 結論からいうと、私の提案は待機療法でした。「がんを治療し過ぎて副作用や後遺症が出てつらい思いをすることがあります。創造ができなくなっては、元も子もないのではありませんか」とお話ししましたが、決して消極的な選択ではありません。

「悪性度が高いのに、なぜ」と思われる人もいるでしょう。中松さんは、テレビなどの前では元気でしたが、体力などは年相応に低下。過剰な治療は、体の負担と思われたのです。

 たとえば、手術の条件のひとつに、10年以上の期待余命があります。手術をすれば、寿命まで10年以上人生を楽しめる可能性が高いという意味。中松さんは当時、86歳。その先の10年の余命が果たして期待できたか。

 当時の中松さんがもっと若ければ、手術や放射線をおすすめしました。ネットの「確立した治療法ナシ」に踊らされてはいけません。このタイプも一般の前立腺がんと同じように治療を選択すればいい。中松さんの人生のテーマは「創造的な生活」でしたから、総合的に考え、それを満足できる提案をしたのです。

 ただし、彼なりに工夫され、ドクター中松セラピー(DNT)と名づけた独自療法を実践。その中身は、歌や運動で心を前向きにし、適切な食事と適度な運動で免疫力を高めるのが主な柱。どれも、高齢者には理にかなっていて、結果的に正しい選択といえるかもしれません。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。