がんと向き合い生きていく

胃がんの治療法は「内視鏡と手術」どちらを選ぶべきか?

都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏
都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 かつて一緒に働いていたMさん(53歳)が、ある研修会が終わった後の打ち上げの居酒屋で、たまたま私の隣に座りました。そして、Mさんからこんな話をされました。

「先生、最近ずっと胃がきりきりして胃薬を飲んでいるんですが、良くならないんです。10年ほど前に胃の内視鏡検査を2回受けたのですが、ゲップが出て苦しくって嫌だったんですよ。だから、二度と内視鏡検査を受けたくないんです」

 私は、「Mさん、いまは機械が良くなっているし、医師も上手になっているよ。私に会ったこれがいいチャンスだと思って、内視鏡検査を受けよう」と勧めました。

 それから3週間後、Mさんから電話がかかってきました。

「内視鏡検査を受けました。確かに、苦しくはなかったです。でも、胃がんだそうです」

 Mさんの話では、胃の入り口からその下にがんが3カ所あるとのことで、CT検査では転移はなかったといいます。医師からは、早期がんで内視鏡治療でも取れるが、3カ所もあるので開腹手術でもいいと言われ、悩んでいるとのことでした。

「担当医はとても親切に、たくさん説明してくれました。でも、どうするかは自分で決めるように言われて困っています。内視鏡か手術かどっちでもいいと言われても……。私は決められないので、先生の意見で決めたいと思います。先生、どっちがいいですか?」

 確かに、担当医からどちらでもいいと言われ、自分で決めろと迫られて、悩む気持ちは分かります。

 内視鏡治療は早期がんで行われ、がんになっている部分の胃の粘膜をそいで取り除きます。この場合、粘膜がそがれた部分の潰瘍が治れば“治癒”となります。胃は残りますし、治療後は今までと同じ生活ができます。リスクはそぐ時に穴が開いたり(その際はすぐに手術になることもある)、出血してしまうなどがあります。

 がんのある部位が数カ所あり、内視鏡治療では難しいとなると、手術になります。胃の出口の方にがんがある場合は、胃の3分の2ほどを切り取ることで治すことができます。しかし、がんが胃の入り口付近にできていたり、出口の方にあっても入り口の方に広がっている場合は、胃を全部切り取ります(早期がんでは出口寄りの胃を残すこともあります)。

 仮にMさんが手術を受けるとなると、がんが胃の上部にあるから胃全摘、つまり胃はなくなります。胃がなくなるので、これから先は胃がんになることはありません。

 ただ、患者さんによりますが、手術後に胃がある・なしでは、食生活が変わってきます。胃がないと食物が一度に腸に流れ込むようになり、ダンピング症候群という不快な症状が出ることがあります。食後に汗をかいたり、動悸が表れる場合もあります。そうした患者さんは、よく噛んで食べる、ゆっくり食べる、1回の食事量を調整するなど、いろいろな工夫で克服されているようです。個人差が大きいのですが、手術後の食事の取り方はとても大切です。

■担当医に「先生の家族ならどうするか」を尋ねてみる

 Mさんの問いに対し、「がんでも早期がんで良かったね。Mさんは糖尿病があるし、胃はあった方がいいと思う。いつかまた胃がんになるかもしれないけれど、定期的にチェックしてもらえば……」と言いかけると、Mさんは「分かった。内視鏡治療にするわ!」と即決でした。私は「ご家族みなさんで相談されてから……」と答えましたが、結局、2週間後に入院して内視鏡治療を受けることになりました。

 後日、聞いた話では、治療は順調に進み、がんは3カ所とも取り切れたものの、その晩に吐血があり、緊急に内視鏡で止血されたそうです。現在、Mさんは数カ月おきに外来通院し、症状もなく元の生活に戻られています。内視鏡治療がうまくいって良かったと思っています。

 Mさんがそうだったように、急にがんと診断されて、医師から治療の説明をたくさんされても、患者が「自分で決める」のはとても大変なことです。

 そんな時は、担当医に「先生のご家族ならどうされますか?」と尋ねてみるのもひとつの方法かと思います。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。