前立腺がんの患者数は増え続けているのですが、手術件数はどうなっているのでしょうか。残念ながらNDBオープンデータは昨年公開されたばかりで、現時点では2014年度の数字しか分かりません。
しかし、厚労省は別に「社会医療診療行為別調査」を公開しています。そちらにはレセプトを基にした、過去20年分の手術件数が載っています。ただし、毎年6月(1カ月間)の数字のみです。表に2000年以降の前立腺がんの「新規患者数」「PSA検査数」「全手術件数」(開腹・腹腔鏡・ミニマム手術の合計)をまとめてみました。
PSA検査は、血液中に溶けている前立腺がんの腫瘍マーカーを測定する検査です。06年より以前の正確な数字はありません。
14年6月の検査数は約22万回、年間に直すと(12倍して)約269万回となります。一方、この年の新規患者数は7万7000人前後だったと推定されます。従ってPSA検査を受けた人で、前立腺がんが見つかる確率は約3%となります。ただし、これは「医療」として行われた回数です。職場健診などで受けた人は、この数倍から10倍以上に達するはず。つまり、PSA検査を受けて最終的に前立腺がんと診断される確率は、1%よりかなり低いというわけです。
手術件数は06年を境に一気に増えています。実はこの年の診療報酬改定で、前立腺がん手術の報酬が大幅に引き上げられたのです。医療も商売ですから、病院としては安い手術は乗り気がしないし、値段が上がればやる気が出るというもの。それが如実に数字に表れているわけです。
■ただし、2年後からは横ばいの1600件
とはいえ、不要不急の手術は極力避けたい気持ちも働きます。まして必要のない手術で「失敗」でもしたら、たちまち医療訴訟になりかねないご時世です。そういう事情もあってか、08年から現在に至るまで手術件数は1600件(年間換算で約1万9000件)前後にとどまっているのです。
患者がこれだけ増えても手術件数はほぼ横ばい。放射線治療や抗がん剤が効くといっても、手術件数がまったく伸びないのは奇妙な話です。実は現場の医師たちが「前立腺がんの多くは切らない方が長生きできる」と考えているのが、本当の理由なのかもしれません。
永田宏
長浜バイオ大学コンピュータバイオサイエンス学科教授
筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。