がんと向き合い生きていく

精巣腫瘍 薬だけで最も早く治せるがんになった

都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏
都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

「精巣がん」ともいわれる「精巣腫瘍」は、精巣(睾丸)から発生したがんになります。肺にたくさんがんの転移を来したような場合でも、多くは抗がん剤「シスプラチン」と他剤との併用でがんが消失します。ですから、難治性の場合でも治癒を目指して治療が行われます。

 薬だけで、これほどの効果が得られたがんは他に見られません。20世紀における抗がん剤の最大の勝利がここにあったといっていいでしょう。

 1980年ごろのことになりますが、ある大学生が入院されました。肺にがんの転移が多数あり、精巣腫瘍からのがんだと分かりました。転移はどんどん大きくなっていくのですが、当時、使える抗がん剤では効果はありませんでした。その大学生の患者さんは3カ月ほどで呼吸困難を起こし、亡くなりました。

 その翌年、別の大学生がまた同じ状況で入院されて同様に亡くなりました。2人とも私が担当医でした。

 その約2年後、日本で「シスプラチン」が使えるようになりました。シスプラチンと他の抗がん剤との併用により、精巣腫瘍から肺などに転移していても1~2コースの治療で、転移はほとんど消えるようになったのです。また、その後の検討で、そうした患者の80%以上は治癒するようになりました。彼らの発病が2年遅れていたら助かったのに……と悔やまれます。

■転移していても、ほとんどが消える

 ちょうどそのころ、カタコトの日本語しか話せない中東出身のEさん(33歳)が私のところにやってきました。右睾丸の腫脹に気づき、ある泌尿器科で切除したのですが、両側の肺に転移が多数認められたことで、紹介されてきたのです。

 健康保険証は持っておらず、すでに超過滞在となっていたようでした。私は至急本国へ帰国することを勧めたのですが、Eさんから「私たちの国は戦争が続き、抗がん剤治療など無理です。ここで死んでもいいから治療して下さい」と涙ながらに訴えられました。

 このままではEさんの命が危ない、そして開発された有効な治療法がここにある……。いろいろな議論がありましたが、結局、支援団体の声もあって、まず治療してみることになりました。そして、見事にたった1クールで肺の“影”はすべて消えたのです。

 Eさんは、さらに治療コースを重ねてから帰国されました。余談になりますが、Eさんは入院中に担当していた看護師さんを「お嫁さんにして帰る」と言いだし、ビックリした看護師さんが逃げ隠れしていたのを思い出します。

 精巣腫瘍は、睾丸に発生するがんですが、20~40歳に最も多く見られます。比較的まれながんですが、この年代の男性では最も多いがんなのです。痛みはなく、睾丸の腫大に気づくことが多いようです。原因ははっきり分かっていませんが、停留睾丸(胎児のころ、精巣が陰嚢の中に下りてこないまま途中で止まった状態)や打撲などが考えられています。

 進行が速く、リンパ節、肺、時には脳に転移する性質があります。睾丸はまだ小さくても、リンパ節や肺などに大きな転移したがんが見られることもあります。この場合、睾丸が大本であったことがすぐには分からないほどです。

 精巣腫瘍は組織検査で胚細胞腫瘍といわれるものがほとんどで、一般的には細胞の形から「セミノーマ」と「非セミノーマ」に分けられます。セミノーマは進行がんでも放射線治療や化学療法がよく効きます。非セミノーマはいろいろな形が存在し、難治性のものも含まれます。胚細胞腫瘍は精巣だけではなく、後腹膜、縦隔からも発生します。

 前述したように、シスプラチンの登場以来、精巣腫瘍は転移がたくさんあっても、薬だけで最も早く治せるがんとなりました。この30年、治療薬の基本は変わりません。しかし、それでも20%程度はがんが消失せず、難治の場合は、大量化学療法(自家骨髄移植併用)などが試みられています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。