がんと向き合い生きていく

科学的根拠のある代替療法はない

都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏
都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 十二指腸に悪性リンパ腫ができたFさん(43歳・男性)は1年にわたって化学療法を受け、腫瘤が完全に消失しました。化学療法終了後は無治療となり、3カ月おきに外来で検査を受け、経過を観察していました。

 そして2年を経たある日、Fさんは突然、呼吸困難を起こし、外来にやってきました。酸素吸入が必要な状態で、胸部X線写真では両肺が真っ白です。そのまま緊急入院となりました。薬剤性肺障害と考えられることからステロイドホルモンの大量療法を行い、救命できました。

 2週間ほど入院していたFさんによく事情を聴いてみたところ、悪性リンパ腫の再発を心配したFさんは、家族にも内緒で「がんに効く」と広告でうたわれているサプリメントやキノコのエキスなどを次々と買い求め、計5種類を毎日飲んでいたといいます。そのうちのどれが肺障害の原因かは分かりませんでしたが、Fさんの了解を得た上でこのことを国にも報告しました。

 かつて「カニの甲羅ががんに効く」と喧伝され、ブームになったことがありました。そのカニの甲羅を販売している男性(当時50歳)の治療を担当したことがあります。直腸がんが肺にたくさん転移して、抗がん剤治療をするために私が勤務していた病院に入院したのです。

 その男性は、病室で他の患者さんに「みなさんのがんが消えます」などと宣伝文句を口にしながら、カニの甲羅を販売し始めました。もちろんすぐにやめていただきましたが、抗がん剤の点滴を受けながら、カニの甲羅を売ろうとしている姿に何か哀れを感じました。

■治療法がないと言われた患者から決まって尋ねられるが…

 以前、一緒に働いていた女性(当時45歳)との悲しい思い出もあります。乳がんが再発し、がんが胸壁から頚部にかけて進んだことで気管と食道を締め付けるようになり、食事が通らなくなって入院されました。

 点滴で中心静脈から栄養を受けながら、彼女はこう訴えます。

「もう抗がん剤治療も効かなくなってしまいましたが、実は私、内緒でアメリカからサメの軟骨を買って家で飲んでいました。いまはもうのみ込めないので、軟骨の粉を水に溶かして、お尻(肛門)から入れて欲しいのです。きっと吸収されて効いてくれるはずです」

 長い間、ずっとサメの軟骨を飲んでいて、それでもがんが悪くなってしまったのに……。

 病院で「もう治療法はない」と言われ、「何か他の治療法はないか?」とセカンドオピニオンを求めて来られる患者さんは絶えません。新しい治験薬も該当せず、他に治療法がない場合、決まって聞かれるのは「代替療法」のことです。サプリメントのようなものから、がんが消える食事レシピ、○○キノコ、がんに効くビタミン……。いろいろな種類の治療法について質問されます。

 私は、「サプリメントはあくまで健康食品であって、がんに効くという科学的根拠はない」と回答します。代替療法には危険なこともあるので、“内緒”ではなく、まず主治医に相談することです。

 また、高額なものは要注意です。難しい専門用語を使い、「免疫効果がある」などとあたかも科学的根拠があるようにうたっていたり、有名大学での研究で成果をあげているとか、「末期がんから蘇った」など、さまざまな宣伝で患者さんの弱みにつけこんで販売する、あるいは治療代として高額を要求されるような場合があります。そうした治療に疑問を抱いた患者さんから、がんの関係する学会に訴えがあり、調査後にその治療をしていた医師を学会から除名したこともありました。

 人は、死の直前までほんのわずかでも希望を持っていたい。それは当たり前のことです。最期まで治療を受けたいと思っている方はたくさんいます。

 だからこそ、「治療法はない」と言われると、「代替療法はないのか?」と考えるのは無理からぬことだと思います。しかし、代替療法に科学的に確かなものはないのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。