天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

人工心肺を使わなければならない「2つのケース」

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓と肺の“代役”として、体外で血液を循環させる「人工心肺」は、心臓を止めて行う手術に欠かせない機械です。ただ、赤血球の寿命が短くなったり、免疫反応が変化して合併症を招くリスクがあるなどのデメリットもあるため、人工心肺を使わなくて済むなら、使わないに越したことはありません。

 ただ、どうしても人工心肺を使わなければならないケースはたくさんあります。人工心肺を使うか使わないかは、患者さんの心臓や血管の状態によって判断します。使用しなければならないケースは大きく2つあります。1つは、心臓の中から血液を排出して空にする必要がある場合。もう1つは、衰えた心臓を術中に補助して、全身の臓器を保護しなければならない場合です。

 1つ目のケースは、心臓の中にある弁を交換・形成したり、心臓内の筋肉を処置する手術が該当します。心臓の中は常に血液で充満しています。そのため、心臓の中の血液を排出して、いったん空っぽにしなければ患部の構造が見えないので、メスを入れることができません。どうしても人工心肺が必要になるのです。

 2つ目のケースは、心臓の状態が悪く、手術の負担によって術中に血液を循環させることができなくなるリスクが高い患者さんが該当します。弱った心臓の代わりに人工心肺で血液を循環させないと、脳を含めた全身の臓器に酸素と栄養を送ることができなくなり、深刻なダメージを与えてしまうのです。

 心臓に栄養や酸素を送る冠動脈に複数の狭窄があるなどして血流が悪くなっている場合、狭窄している血管に別の血管をつないで血液の迂回路を作る「冠動脈バイパス手術」が行われます。冠動脈は心臓の外側にあり、心臓の内部にメスを入れなくても済むため、私が執刀する手術では、できる限り心臓を動かしたまま行うオフポンプ手術を選択します。人工心肺を使うことによるデメリットをなくすためです。

■最大のリスク軽減策は手術時間を短くすること

 しかし、それでも人工心肺を使わなければならない患者さんもいます。先日、冠動脈の6カ所をバイパス手術した患者さんも、心臓の状態が極めて悪く、人工心肺で補助しなければ手術に耐えられないケースでした。バイパスさえ作ってしまえば、血流が戻って心臓の機能は蘇ります。手術は無事に成功し、いまはすっかり元気に回復されています。

 また、心臓の裏側にバイパスを作らなければならない手術の際も、人工心肺を使う必要がありました。心臓の裏側を処置するとなると、心臓をいったん持ち上げなければなりません。しかし、その患者さんは心臓の状態が悪く、肺うっ血が非常に強かったため、持ち上げると全身に血液を循環させることができなくなるリスクがありました。

 ただ、人工心肺を使って心臓の中を空にしてしまうと、今度は血圧が下がりすぎてしまう問題が出てきます。そのため、心臓内の血液はある程度残して自分の心臓で血液を送り出させ、足りない分を人工心肺で補助する形で手術を行いました。

 ほかにも、手術で人工心肺を使わない予定でも、予想外の事態に備えて人工心肺を準備しておく場合があります。術中に出血量が多いとき、人工心肺をつないで血液を回収するケースもあります。患者さんの状態や手術の状況によって、人工心肺をフル活用する必要があるのです。

 人工心肺を使う場合、合併症などのリスクを減らすための最大の対策は、できる限り人工心肺を使っている時間を短くすることです。とくに高齢者の手術では、人工心肺を使用している時間が長くなればなるほど死亡率が高くなるというデータが報告されています。

 人工心肺を使う時間は、3時間以内が目安です。これを超えると、リスクが上がってしまうといえます。迅速で正確な手術を行い、「人工心肺を使う時間を短くする」=「心臓を止めている時間を短くする」ことが重要なのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。