心臓外科医は、体外で心臓と肺の“代役”を務める「人工心肺」をしっかりコントロールすることが求められます。
手術中、血液循環のバランスがある程度とれてしまえば、人工心肺を自動運転のような形にしても問題ありません。しかし、術中の状況によって人工心肺の回転を落として血液を送り過ぎないようにしたり、逆に回転数を上げなければならないなど、調節が必要な場面はたくさんあります。たとえば、人工心肺にいったん回収した血液を再び体に送り過ぎてしまうと、急に血圧が上がって臓器に悪影響を与えるケースがあるのです。
また、患者さんの全身状態が芳しくなく、臓器の保護が必要な場合は、人工心肺を使った「低体温循環停止」という方法を行う場合があります。「体温を下げる」=「人工心肺の温度を下げる」と、酸素の消費量が減って臓器の負担が軽減されるのです。体温が37度とすると、患者さんの状態によって3度くらい下げる場合と、7~8度下げる場合があります。ただ、体温を下げ過ぎると血液の寿命が極端に短くなったり、全身に悪影響を与えてしまうので注意しなければなりません。
そうしたトラブルが起こらないように、術中は、それまでの尿量や出血量、血圧、体温の下がり具合などに気を配り、人工心肺の回転数を微調整します。機械の操作は臨床工学技士が担当しますが、回転数の判断や指示は医師が行います。心臓外科医は人工心肺と「対話」しながら手術をすることが求められるのです。ドラマや映画などに登場する心臓外科医が、人工心肺を使いこなして手術を成功させる姿に憧れて心臓外科医を志望したという医学生も少なくありません。それくらい、人工心肺は心臓手術において欠かせない機械といえるでしょう。
人工心肺を使用していて、思わぬアクシデントに見舞われたこともあります。もう25年前になりますが、手術中に落雷があって病院が停電し、自家発電への切り替えもうまくいかずに、人工心肺が停止したままになったことがありました。
人工心肺には、そうしたトラブルを想定して、手動でローラーポンプを回すためのハンドルが設置されています。
■アクシデントを想定した訓練が大切
長時間回転させるケースも考慮して、自転車のように大小の歯車をチェーンで連結し、少ない力で一定の回転を生み出せるようなハンドルも付いています。人間の心臓は1分間に60回ほど拍動しているので、1秒間に1回転くらいの間隔でハンドルを回して血液を循環させ、酸素を供給できれば何とかなるのです。
結局、10分くらいで電源が復旧して事なきを得ました。ただ、今だから笑い話になりますが、その時は必死です。いつ復旧するかわからない状況なので不安ですし、ハンドルを回す技士さんに向かって「とにかく頑張れ」とハッパをかけ続けました。
ほかにも、人工心肺の2つのポンプを連結しているチェーンが切れて、動かなくなってしまったアクシデントも経験しました。すぐに予備の人工心肺をバイパスして乗り切りました。人工心肺は電気で動く機械ですから、どれだけ注意していてもトラブルが起こる可能性があるのです。
そのため、不測の事態を想定して日頃から訓練を行っています。日常的に、もし人工心肺が止まってしまった場合、予備の機械をつなぐまでの間に各スタッフがそれぞれどんな手順で何をすればいいのかを確認しています。おのおのがどのように動けばいいか、実際に機械を使いながら練習したこともあります。こうした訓練を日頃からしっかり行っている施設はそう多くはないでしょう。
私が勤務している順天堂医院は、国際的な病院機能評価機構「JCI」の認証を取得しています。この認証を得るための項目の中には、1年に1回、30分ほど非常用電源だけにしてみて、病院の設備等が機能するかどうかを試験することが定められています。また、非常用電源が使えなくなったときにどう対処するかを訓練する項目も入っています。
人工心肺をしっかり使いこなすためには、アクシデントに対する“準備”も欠かせないのです。
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