背が高くスラッとして痩せている。手、足、指が長い。物が二重に見えたり、強い近視がある――。こうした身体的特徴や症状のある人が、若くして大動脈解離や大動脈破裂を発症し、突然死を起こすケースがあります。「マルファン症候群」と呼ばれる病気です。
19世紀の終わりにマルファンというフランスの医師が初めて報告した遺伝性疾患で、遺伝子の異常によって全身の結合組織が脆弱になります。そのため、骨格、目、大動脈などにさまざまな症状が表れます。
骨格では、高身長、長い手足、鳩胸や漏斗胸といった外見的な所見が見られ、親指を内側(手のひら側)に折り曲げたときに親指の第1関節くらいまでが手の外側に出てしまうほど関節が緩い患者さんもいます。
眼科所見では、目の水晶体が元の位置からずれてしまう水晶体亜脱臼や強い近視が表れます。
さらに、大動脈を構成する壁の構造が粗造なため、大動脈弁閉鎖不全で心不全を起こしたり、大動脈にできた瘤が破裂する大動脈瘤破裂や、大動脈が突然裂けてしまう大動脈解離を発症するリスクが高くなり、突然死するケースもあるのです。
人によって違いますが、この3つが代表的な症状で、3つが重なればほぼマルファン症候群といっていいでしょう。日本では約1万5000~2万人の患者さんがいるといわれていて、当院でも年間に数例の患者さんを診ています。
遺伝性疾患なので、家系の中に若くして心臓疾患で突然死した人がいる場合は、マルファン症候群(またはマルファン類似疾患)が疑われます。ただ、それほど医学的知識がない人も多く、自分がマルファン症候群だと気づいていないケースも少なくありません。
■自分では気づいていない患者も多い
かつて、自分がマルファン症候群だとはまったく気づいていなかった親子を手術した経験もあります。まず、60代の男性が大動脈解離で搬送され、緊急手術を行いました。術後、九死に一生を得たその患者さんにいろいろと話を聞いてみたところ、本人の父親も若い頃に心臓疾患を発症し、突然死しているといいます。また、30歳のご子息がいらっしゃるとのことでした。そこで、あらためて親子で来院してもらったところ、一見するだけでマルファン症候群の身体的な特徴を備え、遺伝子検査でも診断が確定しました。このように、自分がマルファン症候群だと自覚している患者さんは意外に少ないのです。
マルファン症候群の治療で最も重要なことは突然死を防ぐことです。一般的に高齢になってからの突然死というのは、いわゆる生活習慣病がベースになっている心筋梗塞や致死性不整脈によるものです。この場合、それまでの生活の積み重ねが影響しています。
しかし、マルファン症候群によって引き起こされる心臓突然死は、30~50代といった働き盛りの年代から、10~20代でも起こり得ます。まさに「若くして突然……」というケースなだけに、家族や周囲に与えるショックは大きいと言えます。だからこそ、何としても突然死を防がなければいけません。
突然死を防ぐためには、すべての大動脈を段階的に人工血管に交換する手術を行います。いちばん危険な心臓に近い部分から、3~4回に分けて交換していきます。大動脈は心臓から出発した部分から、両足に向かって二股に分かれる部分までの区間しかありません。それを段階的にすべて取り換えてしまえばいいのです。これで、症候群自体は残りますが、心血管疾患の突然死はほぼ防ぐことができます。ただ、症状がない患者さんを手術するのですから、それだけ突然死する可能性が高い状態であることは十分に理解してもらわなければなりません。
1年間くらいのスパンですべてを交換する場合もあれば、20年かけて取り換えていくケースもあります。いまはCTの性能が良くなっているので、定期的なCT検査でフォローしながら処置していきます。通常は瘤の大きさが直径50ミリを危険域にしていますが、40ミリを超えた箇所を優先的に交換していきます。
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