天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

手術で救えるのは患者本人だけではない

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 前回、お話ししたマルファン症候群のほかにも、心臓や血管のトラブルを合併して突然死するリスクが高い先天性疾患はいくつもあります。

「エーラス・ダンロス症候群」がそのひとつです。体の構造を支える結合組織成分の先天性代謝異常によって、皮膚、血管、内臓などが非常に脆くなり、さまざまな症状が表れます。皮膚が異常に伸びたり、裂けやすい。関節が過剰に緩く、脱臼しやすい。血管が脆く出血しやすい……。人によって異なりますが、こうした症状が特徴的です。

 症状の特徴から6つの型に大別され、中でも注意すべきなのが「血管型」です。血管の組織が非常に脆くなっているため、動脈瘤破裂、大動脈解離、大動脈弁閉鎖不全症などを起こしやすくなります。いずれも突然死の危険が高い疾患です。かつて、エーラス・ダンロス症候群の患者さんの手術に参加した経験があります。その患者さんは高度な大動脈弁逆流を起こしていて、悪くなった大動脈弁を人工弁に取り換える弁置換術が行われました。

 エーラス・ダンロス症候群による心血管疾患の突然死を防ぐには、まずは専門的な施設でしっかりと鑑別診断を受けることが大前提で、定期的にCTなどの検査を行い、リスクの高い病変があれば早期に対処することが必要になります。

 女性だけにみられる「ターナー症候群」も心臓や血管にトラブルを起こしやすい先天性疾患です。染色体異常の一種で、本来なら2つあるべきX染色体の一方が不完全だったり、完全に欠けていることで起こります。

 新生児期の四肢の浮腫、著しい低身長、無月経など第2次性徴の欠如などの症状が特徴です。約20%の患者さんは先天性心疾患を伴い、大動脈縮窄症、大動脈二尖弁、大動脈弁閉鎖不全症、大動脈弁狭窄症といった疾患が多くみられます。ターナー症候群の患者さんは内臓の器官が正常に発育できないため、血管や心臓が奇形化しやすく、正常な働きができなくなってしまうリスクが高くなるのです。

■子供の先天性疾患は親が罪悪感を抱えている

 以前、ターナー症候群の患者さんの心臓手術を行ったことがあります。他の病院でターナー症候群と診断されていた患者さんで、大動脈弁狭窄症が悪化したことで、私のところに紹介されてきたのです。大動脈弁を交換する弁置換術を行い、いまも社会人として元気に生活されています。

 ターナー症候群の患者さんの多くは、女性ホルモンや成長ホルモンを薬で補充する治療が行われますが、突然死を防ぐためには、やはり定期的な検査が必要です。CT、MRI、エコーなどで心臓や血管に異変がないかどうかをフォローすることが大切になります。

 前回のマルファン症候群も含め、心臓や血管のトラブルを合併しやすいこれらの症候群は、若くして突然死するリスクが高くなります。だからこそ、なんとしても突然死を防ぐことが重要ですし、現代の医学ではその多くを防ぐことができます。

 こうした心臓突然死のリスクが高い先天性疾患がある場合、その患者の親御さんが非常に大きな罪悪感を抱いているケースがほとんどです。「自分のせいで、子供にこんな不幸を背負わせてしまった……」と思い詰めているのです。そんな“重荷”を取り除き、解放してあげるためには、段階的にきちんと手術を行い、「もう、心配する必要はありません。お子さんが抱えるリスクは、いまの医学がしっかり解決してくれます」といった話をして安心感を抱いてもらうしかありません。

 突然死するリスクが高い心臓疾患を起こしやすい症候群の患者さんの手術には、本人だけでなく、その親御さんを救う役割もある。私はそう考えています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。