数字が語る医療の真実

日本海軍でかっけ集団発生 解決のキッカケは間違った仮設

 日本海軍の軍艦「龍驤」のかっけの集団発生を調べてみると、品川を出港、南米のカラオを経てハワイへ行くまでの間に138人の患者が発生しているのに対し、ハワイ以後は一人もいないことがわかります。この事実は日本海軍の医師だった高木兼寛の考えを強く支持するものでした。

 彼はこの数字を知る以前に、かっけは英国海軍にはなく、日本海軍では兵士に多く、下士官には少ないことを突き止めていました。英国海軍は当然のごとく洋食ですし、日本海軍の士官は自分の金でたびたび洋食を食べており、水兵はほとんど洋食を食べません。そこで、「食事にかっけの原因があるのではないか」と考えたわけです。

 さらに、洋食と和食の大きな違いはタンパク質の摂取量にあり、「タンパク質不足がかっけを引き起こす」という仮説を実証するチャンスを待っていたところ、このかっけの多発です。カラオまでは日本食だけを食べており、ハワイからは洋食が導入されたとしたら、彼の仮説通りです。

 龍驤でのかっけの多発は、この仮説を強く支持します。もともとタンパク質が少ない日本食を食べながらカラオまで航海したのでかっけが多発し、ハワイで日本食の食材が十分に調達できず洋食を取るようになり、タンパク質不足が解消し、かっけが発生しなくなったということです。

 現在では、この仮説は間違っていたことがわかっています。しかし、間違っていたにもかかわらず、高木兼寛は海軍でのかっけの克服に成功します。そう書くと、単に運が良くて解決したのかと思うかもしれません。しかし、仮説の内容は間違ってはいたけれど、科学的な考えのプロセスこそが、この先の問題を解決していくのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。