天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

肺、胃腸、心臓の病気は互いに大きく関わっている

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ
COPD、胃潰瘍、大動脈瘤の3つを抱える人が少なくない

 肺、胃、心臓(血管)の3つの臓器はとても密接な関係にあります。COPD(慢性閉塞性肺疾患)がある人は、胃潰瘍などの消化性潰瘍を合併しやすく、さらに大動脈瘤ができやすい傾向があるのです。

 近年、腹部大動脈瘤の治療はステントグラフト(人工血管の中にバネを入れたもの)を、大動脈瘤をまたぐように留置して破裂を防ぐ治療が主流ですが、かつては開腹手術が多く行われていました。その手術に備えて術前に患者さんを検査すると、「COPDがあって肺機能が悪いうえに、胃潰瘍の既往がある人」を頻繁に目にするのです。

 そこで、いろいろと調べてみると、大動脈瘤、COPD、消化性潰瘍の3つは、ひとりの体の中で共存しているケースが多いことがわかりました。内科医の“教科書”である医学書にも、そうした「三徴」(特徴的にみられる3つの症状)が記載されていたのです。

 つまり、COPDがあって胃腸の調子が悪くなりやすかったり、胃潰瘍が治りづらく肺機能が悪い人は、動脈瘤ができやすい可能性があるということになります。COPDの患者さんは、血液中に2、3―DPG(2、3―ジホスホグリセレート)という物質が多く存在しています。この物質は赤血球のヘモグロビンに酸素よりも結合しやすく、低酸素を代償しているのです。この状態が続くことで、胃壁の保護構造や血管壁の健常状態を維持する機能に異常を来すのではないかと考えています。 

 大動脈瘤はこれといった自覚症状がないまま大きくなり、突然、破裂して命を落とすケースも少なくありません。早い段階で動脈瘤を発見するために、まだCOPDあるいは胃潰瘍しか症状が表れていない人でも、ほかに不調があればきちんと検査しておくことをおすすめします。

 COPDは、たばこなどの有害物質を長期間にわたって吸入することで、肺に慢性的な炎症が起こる疾患です。呼吸困難などの症状が表れることによって、全身にさまざまな合併症を招きます。消化性潰瘍もそのひとつです。

 COPDの主な原因である喫煙で胃壁が傷つけられることや、呼吸困難によって低酸素と低栄養状態になり、胃の健康が保たれないなど、さまざまな理由が指摘されています。COPDによって創傷治癒に関わる酵素の働きが悪くなり、消化器にできる潰瘍が治りづらくなるともいわれています。

 COPDがあると、心血管疾患を合併する確率も高まります。COPDの患者は、状態が安定していても約30%がうっ血性心不全の所見があるとされています。また、COPDがない人に比べ、心筋梗塞が20~30%多いという報告もあります。

 COPDで慢性的な呼吸不全になると、肺で効率よく酸素と二酸化炭素の交換ができなくなり、血液中の酸素量が低下します。そうした低酸素血症が長く続くと、心臓と肺を結んでいる肺動脈が細くなり、肺高血圧症を起こして心臓に大きな負担がかかります。

 すると、冠動脈の動脈硬化が進行したり、心不全を招いてしまうのです。また、COPDによって消化器の状態が悪化すると、腸肝循環がうまくいかなくなります。体内の生体物質や薬物などが、胆汁と一緒に十二指腸に排泄された後、腸管から再吸収されて肝臓に戻るサイクルのことです。肝臓ではさまざまな酵素が作られ、生命を維持しています。腸肝循環のバランスが崩れると、細胞外基質を溶かす酵素の活性が上がって動脈の壁が脆弱になってしまうという指摘もあります。

 ほかにも、COPDによって起こる消化性潰瘍などの慢性的な炎症が血管にダメージを与えることも考えられます。

 炎症によって生じるサイトカインが全身の血管の内皮細胞を傷つけ、白血球の一種である単球が内皮細胞にくっつきやすくなって動脈硬化を促進させるのです。動脈硬化が進めば、心筋梗塞や狭心症といった心臓疾患を招きます。

 肺や胃の病気が、一見、無関係のように思える心臓や血管の病気に大きく関わっているのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。