数字が語る医療の真実

「かっけ」は日本海軍が行った世界初の臨床実験だった

 多くのかっけ患者を出した日本の軍艦「龍驤」が日本に戻った後、今度は戦艦「筑波」が航海に出ることになっていました。海軍軍医の高木兼寛は、「このままの食料で航海に出ればまたかっけが多発する。しかし、タンパク質を含む食事に切り替えれば、かっけが予防できるはずだ」と考えます。

 そこで筑波を、龍驤とまったく同じ航路で食事のみを変えて航海に出す実験を行います。人類史上初となる臨床実験の幕開けです。

 筑波の食事は、彼の仮説に基づいて、タンパク質不足を補うため、毎日肉300グラム以上、コンデンスミルク、ビスケットなどを含む洋食風に変えられました。そして出航から1カ月半後、龍驤と同じ航路をたどり、筑波がニュージーランドに到着します。この時点でのかっけの発生は4人、いずれも軽症との報告です。しかし、龍驤でもニュージーランドまでの航海では3人の患者が発生したのみで、この時点でかっけは減ってはいません。

 さらに問題が起こります。日本から持ち込んだ肉の缶詰が腐敗し使い物にならないというのです。ニュージーランドで調達した生肉もすぐに腐敗してしまいます。ただ、野菜、食肉、果物の缶詰、コンデンスミルク、砂糖などは十分補給でき、航海を続けます。

 筑波は7カ月後、ハワイに到着します。龍驤はこの間に150人のかっけ患者を出したのですが、筑波では、「カッケカンジャ ヒトリモナシ」との報告が高木のもとに届けられます。

 150人の患者が0になる、実験は大成功というわけです。しかし、事態はそう簡単には進みませんでした。この結果に対し、多くの反論が寄せられたのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。